【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑨ 】
【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑧ 】より続き。
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深夜の大阪湾岸線で繰り広げられる、俺『にせもん』の黄色いスカイラインと、『お嬢』の白いポルシェとのランデブー走行の様子は、俺の友人『むっちゃ』を通しSNSサイト・TORQUE SMILEにライブ投稿され、今では『湾岸トルクナイト』というタイトルの人気記事になっていた。
俺は自分のガレージから むっちゃに電話をかけていた。
内容は愛車のスカライラインに、俺が組んだエンジン『RB26改3.0LのGT3037SツインターボVカム仕様。』、通称『湾SP3』を載せる決意を話すためだった。
むっちゃのほうは、俺が話す前からすでに、その事を予想をしていたようだ。
俺のスカイラインが、お嬢のポルシェに置いてきぼりを食ったと聞いた時から、その話題を『湾岸トルクナイト』に投稿したかったようだ。
「じゃあ、トルクナイトに書いてもイイんですねっ、『湾SP3』に積み替える話しっ!」
「あぁ、頼むよ。後から〈コッソリ速いエンジンに載せ替えてやがった、にせもんの野郎〉とか言われたくないしね。」
「まぁ、たしかに…(笑)」
なんだかかなり嬉しそうな むっちゃだが、別に俺としては何も構わない。
逆に俺が自分で投稿するより、彼のほうが適切に書いてくれるだろう。
俺は機械を触るのは得意だが、文章を書くのは苦手なのだ。
「じゃあ、『湾岸トルクナイト』の新投稿として公開しますね。ランデブー走行の中継以外での投稿は、はじめてになりますね。」
「そうなるんだな。まぁ相変わらず、お嬢の反応は期待できないだろうけどな。」
「そうでしょうね…。」
むっちゃは少し寂しそうだが、コレは仕方の無いことなのだ。
お嬢はこのままいつまでも、静観を貫くだろう。
あのエンジン『湾SP3』に関しては、製作前の仕様を決定する段階から むっちゃとも良く話していた。
だから彼も『湾SP3』エンジンに関しては、俺が狙った特性からメカ的な細かな部分まで詳しく知っている。
俺がパーツリストを見なくては思い出せないことですら、彼の頭の中には明確に記憶として残っているほどだ。
完成したときに俺自身が自分で投稿した記憶があるが、何を書いたか内容はほとんど忘れてしまっている。
「凄いエンジン完成しました。」
それくらいしか書かなかった記憶がある。
(まぁ、エンジンのことを尋ねるコメントが来たら、むっちゃが対応してくれるだろう…。)
そんな人任せな俺だが、俺は俺がしなくちゃいけない作業があるのだから。
「じゃあ、今からさっそく投稿しますね。コメントの返信はこちらに任せて下さい。」
「うん。たぶん俺よりも そっちのほうがよく覚えてるだろうから。」
「うーん。そうかもしれませんね(笑) では。」
そう言って むっちゃは電話を切った。
(さて、先に言っちゃったんだから、明日から作業をはじめないとな。エンジン積み替え。)
『有言実行』とは、この場合に使っても良いのだろうか、俺には分からない。
俺にはなかなか思い切った行動が、苦手なところがある。
こんな場合は、先に周囲に自分がベストだと思うことを口に出して言ってしまったほうが、事が進みやすいのは事実だ。
エンジンを積み替えるくらいは、設備があるから特に問題は無い。
スカイラインは完全に俺の趣味の車だから、作業中は動かなくても問題は無い。
家族用のミニバンや、花屋の仕事用の軽バンもあるから、普段の足にも困らない。
ちなみに、現在の愛車スカイラインに積んでいるエンジンは、大阪湾岸線を流して走る為の『高速クルージン仕様』だ。
自分が200Km/h前後で走るためだけの仕様なので、決して他の車とのバトルやタイムアタックの為のエンジンではない。
だから、ピストンも腰下もノーマルで、排気量はRB26ノーマルの2600ccのままだ。
中身はカムシャフトの交換のみで、低回転域のトルク不足はファイナルギアをローギアード化してカバーしている。
タービンはノーマルの小さなセラミックツインから、ビッグシングルのF1タービンに交換してある。
その他のエンジンパーツもほぼノーマルで、必要な部分を加工して使っている。
エンジンは排気量を上げるほどにパワーは出やすくなるが、デメリットとして回転部分の各パーツが大きく重くなるために、高回転では回りにくくなる。
それに熱の問題もあり、排気量を上げたエンジンは耐久性も落ちやすい。
だから今載せてあるエンジンは、あえて極端なハイパワーを狙わずに、耐久性重視で排気量はノーマルの2.6Lままなのだ。
F1タービンに関しては、吸気干渉が起きにくく高回転まで気持ちよくエンジンが回ってくれる。
俺の場合は決しパワーのみを狙っているのではなく、ノーマル排気量とF1タービンを組み合わせ、シングル特有の高回転での伸びと独特の排気音を楽しみたいのだ。
それにタービンを2つから1つにすることで、エンジンルームに空きスペースが生まれ、プラグ交換やオイル漏れ点検も容易になる。
整備性の向上やフロント側の軽量化など、数多くのメリットが多い仕様だと俺は思っている。
パワーが上がった分の熱対策としては、6番シリンダーのインマニにある、熱くなった冷却水をツインターボ冷却に流すバイパスをキャンセルして、直にラジエターに流すという方法をとっている。
タービンは水冷では無く油冷になるが、この方法はとても効果が高く水温は安定する。
この方法は俺のオリジナルなので、仲間や客の車に採用したことは無い。
今では少なくなったが、昔多かった改造系のカー雑誌などから取材を受けたときなどにも、
「この冷却方法を自分の車で試すなら、自己責任でやって欲しい。」
と、最初に断ってから説明している。
整備性や耐久性が高いことは、バイクや車の改造ではあまり語られない地味な話題だが、俺はとても大事なことだと思っている。
( 今のこの2.6Lシングルタービンエンジンは、俺にはベストなのだろうけどな。)
オートバイや自動車というもの自体、所有するのにとても維持費がかかるものなのだ。
それが改造車ともなると、維持にかかる費用は普通の車の比ではない。
現実には趣味としてのみの、バイクや車を所有できる者など、極限られた一部の幸せな者だけなのだ。
そんな者たちも、長くその状態が続いていると、幸福に麻痺してしまう。
そうなると、すでに十分速いマシンを所有しているのに、更にパワーアップしようと考え出す。
そしてソコからが、終わりなき欲望への奴隷のはじまりなのだ。
そんな改造中毒患者たちが末期症状になると、極端に無茶な改造に手を染め出す。
そうなると周囲にはもぅ止められない。行くところまで行かないとダメなのだ。
すでに俺自身がそうなのかもしれないが。
今も深夜の高速道路で、制限速度を遥かに上回るスピードで愛車を走らせている俺だが、記録を狙っている現役のトップランカーではない。
俺が製作した『RB26改3.0LのGT3037SツインターボVカム仕様。』のようなエンジンは、本当に誰にも負けたくい彼らのようなトップランカーが使ってこそ意味があると思う。
だから俺は、とりあえず興味本位で作ってはみたものの、自分が愛車に載せて走るのには抵抗があったのだ。
かと言って、譲ってほしいと希望する他人の手に渡るのも嫌だった。
『湾SP3』エンジンはまるで、生まれてから成人するまで大事に育てた『愛娘』のようなものかもしれない。
いくら願っても、自分の娘と愛し合うことはできない。
しかし、他の男の元に嫁がせるのも嫌なのだ。
そんな複雑な感情が、俺にはあのエンジンにあった。
( お嬢のポルシェのおかげで、俺があのエンジンを使う理由ができた。)
今の俺は正直、お嬢のポルシェとバトルしたとしても、勝敗自体にコダワリは無い。
自分が作った最高スペックであるエンジン『湾SP3』。
今はそれを使う機会を俺に与えてくれた、彼女への感謝の気持ちがあるだけだ。
【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑩ 】へ続く。
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