【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑩ 】
【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑨ 】より続き。
https://torque.kyocera.co.jp/chats/oqtuko79yqtrdd8h
深夜の大阪湾岸線で繰り広げられる、俺『にせもん』の黄色いスカイラインと、『お嬢』の白いポルシェとのランデブー走行の様子は、俺の友人『むっちゃ』を通しSNSサイト・TORQUE SMILEにライブ投稿され、今では『湾岸トルクナイト』というタイトルの人気記事になっていた。
昨夜 俺からの電話を切った むっちゃは、早速 湾岸トルクナイトに俺との会話の内容を投稿していた。
今までのトルクナイトは、俺のスカイラインとお嬢のポルシェとの走行を、『ライブ中継』するという形をとっていた。
しかし今回の投稿は、はじめての『近況報告』ということで、いつもとは違った意味で盛り上がりを見せていた。
『湾岸トルクナイト:にせもん氏 愛車スカイラインのエンジン換装を決意!』
その内容は主に、俺がお嬢のポルシェと勝負するために積み替えるエンジンのことについて書かれていた。
今度載せるエンジン『RB26改3.0LのGT3037SツインターボVカム仕様』については、やはり俺よりも むっちゃのほうが細かいことを覚えているようだ。
今 俺がトルクナイトの投稿を見ているのは、投稿翌日の昼食後なのだが、コメントと返信の合計は60件を超えていて。
〈そのエンジンの中身を教えてもらえますか?〉
〈どれくらいのパワーが出ているんですか?〉
〈どこにそんなエンジン隠してたんですか?〉
〈どうして今まで載せてなかったんですか?〉
〈お嬢との勝負はいつですか?〉
〈………。〉
コメントを書き込んだ会員は、いつものライブ投稿を見て『いいね』をつけている者が多いが、「こんな会員いたかな?」と考えてしまうような会員も何名か居た。
久しぶりにニックネームを見た会員も中にはあった。
会員からのコメントには、むっちゃが随時返信を書いていてくれたので、俺はとくに何もする必要は無かった。
と、その時 俺のTORQUEの着信音が鳴った。むっちゃからだった。
「あっ、俺だけど。今 ちょうど昨日のトルクナイト見てたんだよ。」
「そうでしたか。予想はしてましたが、結構 コメント来てますからね。」
コメントに返信しているのは全て彼なのだが、それについては特に何も手間は感じていない様子だ。
「ニックネーム見たこと無いとか、久しぶりに見た会員も居るね。」
「そうですよね。『アンダー商会』さんなんて、ホント久しぶりですよね。」
「前はよくコメント書いてたのにね。あの人。」
過去によく投稿していた会員『アンダー商会』は、今は別のSNSサイトで活躍しているらしく、TORQUE SMILEでは見かけなくなっていた。
かなり低くローダウンした愛車に乗って、日本全国を撮影旅行しているらしいが…。
むっちゃは周りを意識してか、チョット声を潜めてこう言った。
「アンダーさんは、自転車に乗ってる女子のスカートの中を撮るのに夢中って噂ですけどね。」
「なんか、そんなこと誰かが書いてたね。ちょっと覚えがあるけど。」
たしか『まさか』とかいうニックネームの女性会員が書いてたと、俺はかすかに記憶していた。
「本人は下着ではなく、あくまでも『脚』を撮りたいらしいんですが…」
「まぁ、俺にはどっちでもイイんけどさ。しかし、車高を落とす目的もイロイロあるもんだよね(笑)」
「女性の脚を撮りたいからローダウンというのは、特殊な例だとは思いますが…。」
(アンダーが撮りたいのは、脚ではなく下着だと思うけどな…)
むっちゃは職場からかけているだろうから、これ以上は不謹慎な話題は避けたほうがいいだろう。
「今晩から作業を開始しようと思ってる。」
俺のほうから本題に切り替える。
「あっ!それ聞こうと思って電話したんです。じゃあ、今夜それで投稿しますから。」
「うん。たぶんお嬢も読んでると思うけど、相変わらずだね。」
「お嬢には引き続き、〈連絡してほしい〉と書いときます。まぁ、期待はしてませんが…。」
「そうだけどね。じゃあ、よろしく。」
そぅ言い終え、俺は電話を切った。
トルクナイトの投稿には、ポルシェのお嬢に向かって〈連絡下さい〉といつも書かれているのだが、今まで彼女からの応答は一度も無い。
彼女が投稿を呼んでいるのは確実なのだが…。
俺のほうはといえば、すでにカミさんには「しばらくは店が終わったらガレージで作業するから。」と言ってある。
数年前までは、毎日のように夜になればガレージに入り浸っていた俺だった。
今は平日の夜はもっぱら酒を飲むことで忙しく、ガレージ行くのは深夜の湾岸線を走る時だけだ。
特に曜日など決めてないが、やはり花屋の定休日の前夜が多い。
(当分、あんまり酒は飲めないから、チョットは健康的な生活かもな。)
もちろん、ガレージでの作業が終わったら酒は飲む。だが、飲める時間は確実に減るから量も減る。
しかし、自分の愛車に大きく手を入れる為なら、飲む量が減ることなど気にならない。
それよりも、積み替えたエンジンで変わる走りのほうに期待が膨らむ。
(やっぱり俺は車が好きなんだな。)
分かりきっていることだが、改めてそう感じる。
俺だけじゃない。むっちゃだってそうだし、トルクナイトの常連読者たちだってそうだ。
世の中にはたくさんの娯楽がある。
俺たち中年世代なら、アウトドアなら登山とか釣りとかゴルフなど、あまり激しくないスポーツを楽しむ者も多い。
とても健康的だとは思うが、俺自身は強く惹かれたことはない。
10代20代のまだ心身が成熟していない時代を、バイクや車に夢中になった者には、他の道楽に興味が薄い者が多い。
それほどまでに、若い時期にバイクや車が与えれくれる刺激というものは、強烈過ぎるのだろう。
それは『スピードと言う名の魔薬』と呼んでもいいほどだ。
そんな魔薬に侵されたまま、これからも人生を最期まで歩んでいく予感がする。
( どんな形だっていい。いつもスピードの側を離れずに生きて行きたい。)
そんなことをボンヤリ思いながら、俺は午後からの作業に就いた。
【 TORQUE文学:湾岸トルクナイト ⑪ 】へ続く。