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TORQUEトーク

2026/04/02 23:03

【 TORQUE文学:イエローインパクト⑮ 】

【 TORQUE文学:イエローインパクト⑭ 】より続き
https://torque.kyocera.co.jp/chats/ilch7oam1htnmdci

仕事終わりに社内一の美人女子『秋川 零奈=レイナ』と一緒にスターバックスを訪れていた俺は、彼女の提案によりメールアプリ・ラインで彼女と『メル友』になってしまった。
それにしても、なぜ俺なんかをメル友に…?
彼女は「なんとかフラペチーノ」を口にした後にこう言った。
「私は総務課勤務だから、会社の中の人達とは付き合いにくいんです。かなり。」
ここで彼女が言う「付き合うとは」男女関係のことでは無いのは俺も分かる。
「俺は入社して30年も経つけど製造現場のことしか知らないから、その他の部署の役割とか詳しく知らないんだ。」
正直そう言った。本当のことだからだ。
「総務課の仕事は、社員の給与とか異動とか個人情報とかを扱うので、厳しい『守秘義務』があるんです。…」
そうなんだ。はじめて知ったそんな事。
「だから、他の部署みたいに、同僚どうしで社内の話題とかもできません。」
それなら社内での人付き合いも、かなり気を遣うんだろうなと、こんな俺でもすぐに分かった。
「例えば総務課の人間がふざけて『上にあんなに嫌われてたらどこかに飛ばさる』とか『あの人 仕事できないからアレ以上は出世できない』なんて事をうっかり言ったら、それは「冗談」ではなく「情報」になっちゃうんです。総務の人間がそぅ言ってたって事で。」
軽口の一言も言えないとは、なんて窮屈な立場だろうか。
「だから…北見さんなんです。」
「…はっ、俺っ!?」
だから俺っていう意味が分からない。
「失礼ですが、北見さんの事は調べさせてもらいました。本当はプライベートの関心事で個人情報を見るのはよくないんですけど…スミマセン…。」 
「いや、別に構わないけどね。俺なんてたいして大事な情報なんて無いんだから。」
本当に何も無い。情けないほど何も無い。
地元の工業高校を卒業してからすぐにこの会社に就職して、ずっと同じ製造部で同じ作業を30年間続けている。
同期の人間はまだ何人も居るが、そのほとんどはなにかしらの肩書が着いている。
職場のリーダーから主任になりその次が係長。その後が課長補佐を務めて課長になっていく。
中にはすでに地方に作った関連工場で部長をしている同期まで居る。
務め続けても何も肩書がつかないと悟った者は、とっくに辞めてこの会社を去っている。
「調べたって何にも無かったでしょ。俺なんて。」
そう言って俺は笑った。本当に自分でも笑えてくるほどの経歴だ。
〇〇工業高校卒。
製造部整備課配属。
の2行で職務経歴が完了する。
「はい。そうですね。入ってから今まで職場リーダーにもなってないんですね。」
「うん、そう。全て断ってきた。」
作業以外の事をするのが嫌なのだ。ましてや人の管理なんてまっぴらゴメンだ。
「だから私には好都合なんです。北見さんは。」
「そういうものなのかな?俺には分からないけど。」
彼女の言ってる事の意味が、俺にはサッパリ分からない。
「北見さんはプライベートで会社のことを、誰かとお話しする事ってありますか?」
「無いなぁ…今までまったく。そんな事を話すなんて考えたことも無い。」
「でも普通、北見さんのくらいの歳の人って、会社のお話ししかしませんよ。」
(えっ、そうなのか?)
と、俺は思ったが、同時になぜ彼女がそんな事に確信を持ってるのかを不思議に思った。
「私 短大時代にどうしてもって頼まれて、お友だちの叔母さんがやってるスナックでアルバイトしてたんです。」
(あぁ…なるほどなぁ…)
と俺は思う。
彼女が年上の男性の扱いに慣れているように感じたのはそのせいだ。
この3日間の彼女との短い時間を思い返してみても、思い当たる事がたくさんある気がすると俺は感じた。
例えば今日だって、俺がこのスタバに入店した時にすぐに近くまで来てくれた。
そして、注文と支払いも彼女が全部1人でやってくれた。
明らかに俺みたいな中年男性が、普段こういう店には来ない事を分かっている者の振る舞いだ。
そして、俺の為に奥の席をすすめてくれたのもそうだ。ゲストとして俺を扱ってくれているのだ。
「スナックでバイトかぁ、へぇーそうなんだぁ。」
「短大生だから20歳になるまでお酒は飲めませんでしたけどね。」
確かに飲酒に関してはそうだろうなと思う。
「スナックで働き出して思ったんですが、男の人たちって本当に会社のお話しばかりするんです。」
「そうかもしれないね。男はほとんどの時間を会社で過ごしているんだから。」
俺は一般的な返答をした。それくらいしか言いようがないのだ。
「でも、北見さんはしないんですよね。プライベートで会社のお話しは。」
「しないと言うか、正確にはできない。俺は会社では自分が担当する作業にしか興味ないし、他に関心のある話題なんて会社の中には何も無い。会社の業績やら株価とか、他人の昇格とか異動とか社内恋愛とかもまったく興味無い。」
あぁ、そうか…やっと分かって来た。
要するに同じ会社の人間でも、俺であれば会社の話題に興味が無いから『メル友』になっても支障が無いんだな。
逆から言えば、守秘義務が厳しい総務課勤務の彼女の立場では、俺くらいしか社内で付き合う人間が居ないのだ。
「あっ、やっぱりそうなんですねっ!北見さんは私が思った通りの人でしたっ!」
大きな目を輝かせながら彼女はそう言った。本当に嬉しそうな顔をしている。
「俺は機械が触りたくて今の会社に入ったんだ。毎日好きな機械を触って給料を貰っている。だだそれだけで十分満足なんだ。だから機械を触らせてもらえ無いんなら、いつでも辞める気でいる。会社には今までそう言ってきたし、これからもそのつもりだよ。」
一気にそこまで言い放った俺の顔を、満足そうな笑顔で彼女は眺めていた。

【 TORQUE文学:イエローインパクト⑯ 】に続く。

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