「嘘が付けないサラリーマン」 第41話~第53話
第41話
帰宅後。
部屋の灯りを落とし、
ベッドに腰を下ろした秋川は、
今日の温度がまだ手に残っているのを感じていた。
繋いだ手。
沈黙の親密さ。
北見の“未来を含んだ言葉”。
胸の奥が、
静かに、でも確かに熱い。
そのとき、
スマホが震えた。
北見:
「今日は……本当に離れたくなかったです」
秋川は息を呑んだ。
“離れたくなかった”
その言葉は、
恋人未満の境界を
静かに越えていた。
秋川は、
胸の奥がふっと震えるのを感じながら
ゆっくり返信した。
秋川:
「私も……です。
帰り道……ずっと……
手を離したくありませんでした」
送信した瞬間、
胸の奥が跳ねる。
すぐに返信が来た。
北見:
「……そう言ってもらえると……
本当に嬉しいです。
秋川さんの手……
すごく温かかった」
その“温かかった”は、
触れた手の記憶を
そっと撫でるような言葉だった。
秋川は、
画面を見つめたまま
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
翌朝。
オフィスに向かう道を歩きながら、
秋川は胸の奥に残る
昨夜のメッセージを思い返していた。
――離れたくなかった
――温かかった
その言葉が、
歩くたびに胸の奥で揺れる。
オフィスに入ると、
北見がすぐに気づいた。
昨日より柔らかい表情。
昨日より深い視線。
「……おはようございます」
その声は、
昨夜のメッセージの続きのように優しい。
秋川は、
胸の奥が静かに跳ねるのを感じた。
「……おはようございます」
視線が重なる。
沈黙が落ちる。
でも、
その沈黙は甘い。
秋川は、
胸の奥でそっと思った。
――今日……
もしまた手を繋げるなら……
離したくない……
昨日の夜、
メッセージで越えた境界が
今朝の空気にそのまま残っていた。
北見も、
その空気を感じ取ったように
ほんのわずかに微笑んだ。
第42話
午前のオフィス。
書類の音、キーボードの音、電話の声。
いつもと同じはずなのに、
秋川にはどこか違って感じられた。
――昨日の夜……
あんなメッセージをして……
胸の奥が、
静かに、でも確かに熱い。
席を立って給湯室へ向かうと、
ちょうど北見が戻ってくるところだった。
目が合う。
その一瞬で、
昨日の言葉がふっと蘇る。
「離れたくなかったです」
「手を離したくありませんでした」
触れていないのに、
触れたような温度が落ちる。
「……おはようございます」
北見の声は、
昨日より少し柔らかかった。
秋川も、
自然と同じ温度で返す。
「……おはようございます」
すれ違うだけで、
胸の奥が静かに揺れる。
コピー機の前。
秋川が紙を揃えていると、
北見が横に立った。
距離は職場の距離。
でも、
空気は恋人未満の境界を越え始めていた。
北見は、
声を落として言った。
「……昨日の帰り道のこと……
まだ、少し残ってます」
秋川は、
胸の奥がふっと跳ねた。
「……私も……です」
触れていない。
でも、
言葉が触れている。
北見は、
紙を受け取りながら続けた。
「……あの沈黙……
すごく心地よかったです」
秋川は、
視線を落としながら小さく頷いた。
「……はい……
私も……
ああいう時間……好きです」
その“好きです”は、
沈黙のことだけじゃなかった。
北見は、
そのニュアンスに気づいたように
ほんのわずかに微笑んだ。
午後の休憩。
秋川が席に戻ると、
北見が小さく声をかけた。
「……秋川さん」
呼ばれただけで、
胸の奥が静かに揺れる。
「……はい」
北見は、
周囲に気づかれないように
声を落とした。
「……また、ああいう時間……
作れたらいいですね」
“ああいう時間”
それは、
沈黙の親密さのこと。
繋いだ手の温度のこと。
離れたくなかった帰り道のこと。
秋川は、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
「……はい……
私も……そう思います」
第43話
朝。
北見は鏡の前でネクタイを締めながら、
昨夜のメッセージを思い返していた。
「離れたくなかったです」
「私も……手を離したくありませんでした」
その言葉が、
胸の奥に静かに残っている。
――もう……
言葉にしないといけない……
秋川の気持ちが、
もう十分に伝わってきている。
沈黙の親密さ。
繋いだ手の温度。
境界を越えたメッセージ。
北見は、
ゆっくり息を吸った。
“次のデートで……ちゃんと告白しよう”
その決意は、
迷いのないものだった。
オフィスへ向かう電車の中。
北見は、
スマホを取り出して
短くメッセージを送った。
北見:
「昨日の言葉……
本当に嬉しかったです。
秋川さんの気持ち……大事にしたいです」
“気持ちを大事にしたい”
その言葉は、
恋人未満の境界を
静かに越えていた。
秋川は、
出社前にそのメッセージを見て
胸の奥がふっと震えた。
――北見さん……
こんなふうに……
指先が少し震えながら、
返信を打つ。
秋川:
「北見さんの言葉……
すごく嬉しいです。
私も……大事にしたいです」
送信した瞬間、
胸の奥が熱くなる。
二人のメッセージは、
もう“恋人未満”ではなかった。
夕方。
仕事を終えてオフィスを出ると、
北見が自然な動きで隣に立った。
「……帰り、少し歩きませんか」
その声は、
朝の決意を含んでいた。
秋川は頷き、
二人は並んで歩き出す。
沈黙。
でも、
その沈黙は甘い。
歩きながら、
秋川の指先が
そっと北見のほうへ寄った。
無意識。
でも、確かに。
北見は気づき、
迷いなく手を差し出した。
秋川は、
胸の奥がふっと熱くなるのを感じながら
その手に自分の手を重ねた。
指が絡む。
歩幅が揃う。
影が寄り添う。
昨日より深く、
今日の中で一番自然な距離。
秋川は、
胸の奥でそっと思った。
――この手……
離したくない……
北見も、
その小さな力を感じ取って
静かに握り返した。
第44話
帰宅して部屋の灯りを落とすと、
静けさが一気に押し寄せてきた。
ソファに座り、
バッグを置いた瞬間、
今日の帰り道の温度がふっと蘇る。
繋いだ手。
絡んだ指。
沈黙の親密さ。
北見の視線。
そして――
朝のメッセージ。
「秋川さんの気持ち……大事にしたいです」
その言葉が、
胸の奥でずっと揺れていた。
――明日……
何か……あるのかな……
自然と、
そんな予感が生まれてしまう。
シャワーを浴び、
髪を乾かし、
ベッドに入っても――
眠気はまったく来なかった。
胸の奥が、
静かに、でも確かに高鳴っている。
“北見さん……
明日……何を言うんだろう”
考えれば考えるほど、
胸が熱くなる。
枕に顔を埋めても、
シーツを握っても、
落ち着かない。
――こんなに……
誰かの言葉を待つ夜なんて……
自分でも驚くほど、
心が前へ進んでいた。
眠れないまま、
スマホを手に取る。
今日の写真フォルダを開く。
光の中で寄り添う後ろ姿。
並んで笑うツーショット。
繋いだ手の影。
どれも、
“恋人未満”の距離を越え始めていた。
秋川は、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
――明日……
もし……告白されたら……
その“もし”が、
胸をさらに高鳴らせる。
時計を見ると、
もう日付が変わりそうだった。
でも、
眠れない理由は不安じゃない。
“期待”
だった。
北見の言葉。
北見の視線。
北見の手の温度。
その全部が、
明日を予感させていた。
秋川は、
胸の奥でそっと呟いた。
「……明日……
会いたい……」
第45話
春の午後。
待ち合わせ場所に現れた北見は、
いつもより少しだけ緊張した表情をしていた。
秋川は、その空気にすぐ気づいた。
――今日……
何か……ある……
胸の奥が静かに跳ねる。
「……行きましょうか」
北見の声は、
昨日より深く、
どこか決意を含んでいた。
二人は並んで歩き出す。
向かう先は、
秋川にはまだわからない。
けれど、
北見の歩幅、
視線の向け方、
沈黙の温度――
その全部が、
“特別な場所へ向かっている”
と告げていた。
秋川の胸は、
期待と緊張で静かに揺れる。
春の風が吹き、
秋川の髪がふわりと揺れた。
北見がそっと横を見る。
その視線に気づいた秋川は、
胸の奥がふっと熱くなった。
――今日……
私も……近づきたい……
自然と、
歩幅を北見に寄せる。
肩が触れそうで、
触れない。
でも、
触れたように温かい。
北見は、
その小さな変化にすぐ気づいた。
「……秋川さん」
声が、
昨日より柔らかい。
秋川は、
少しだけ顔を上げた。
「……はい」
北見は、
迷いのない動きで
そっと手を差し出した。
言葉はない。
でも、
“繋ぎたい”という気持ちが
静かに滲んでいた。
秋川は、
胸の奥がふっと震えるのを感じながら
その手に自分の手を重ねた。
指が絡む。
歩幅が揃う。
影が寄り添う。
――今日……
何があっても……
この手を離したくない……
秋川は、
そう思った。
しばらく歩くと、
視界がふっと開けた。
そこは――
夕陽が一番綺麗に落ちる、小さな展望のある公園。
以前、
北見が
「秋川さんと一緒に見たい」と言っていた場所。
秋川は息を呑んだ。
「……ここ……」
北見は、
繋いだ手をそっと握り直した。
「……秋川さん。
今日……ここに来たかったんです」
その声は、
決意の温度を帯びていた。
秋川の胸が、
静かに、でも確かに震える。
第46話
展望のある小さな公園。
夕陽がゆっくりと沈んでいく。
空は金色から橙へ、
そして少しずつ赤みを帯びていく。
風がそっと吹き、
二人の影が長く伸びる。
秋川は、
繋いだ手の温度を感じながら
胸の奥が静かに震えていた。
――今日……
何かが……変わる……
北見は、
その震えに気づいているように
そっと手を握り直した。
夕陽を見つめたまま、
北見はしばらく言葉を探していた。
沈黙。
でも、
その沈黙は重くない。
むしろ、
“大切な言葉を選んでいる沈黙”
だった。
秋川は、
その空気を感じ取って
胸の奥がさらに熱くなる。
北見は、
ゆっくりと息を吸った。
そして――
秋川のほうへ向き直った。
✦ そして、告白
「……秋川さん」
呼ばれただけで、
胸が跳ねる。
北見は、
繋いだ手をそっと包み込むように握りながら
静かに言った。
「……今日まで……
たくさん一緒に過ごしてきて……
気づいたんです」
夕陽が、
北見の横顔を柔らかく照らす。
「……秋川さんといる時間が……
本当に好きだって」
秋川は息を呑む。
北見は続けた。
「……一緒に歩くのも、
沈黙も、
手を繋ぐのも……
全部、自然で……
全部、嬉しくて……」
言葉が、
ひとつひとつ丁寧に落ちていく。
そして――
「……秋川さんのことが……
好きです。
ちゃんと……
恋人として、
これからも一緒にいたいです」
その瞬間、
夕陽が沈みきり、
世界が静かに夜へ変わり始めた。
まるで、
二人のために区切りをつけるように。
秋川は、
胸の奥が一気に熱くなるのを感じた。
手が震える。
呼吸が浅くなる。
視界が少し滲む。
――北見さん……
本当に……
言ってくれた……
言葉が出ない。
でも、
気持ちは溢れていた。
北見は、
その沈黙を不安に変えないように
そっと囁いた。
「……返事は、ゆっくりでいいです。
急がせませんから」
その優しさが、
秋川の胸をさらに揺らす。
秋川は、
震える指で
そっと北見の手を握り返した。
強くない。
でも、確かに。
その一瞬で、
北見の表情が静かにほどけた。
第47話
夕陽が沈みきったあと、
世界は静かに夜へ変わっていく。
北見の告白が、
まだ空気の中に残っていた。
「秋川さんのことが……好きです」
「恋人として、これからも一緒にいたいです」
その言葉が、
胸の奥で何度も反響する。
秋川は、
返事をしようとして――
声が出なかった。
胸が熱くて、
指先が震えて、
呼吸が浅くなる。
――嬉しい……
でも……
言葉にならない……
沈黙。
けれど、
その沈黙は拒絶ではなかった。
むしろ、
“気持ちが溢れて言葉にならない沈黙”
だった。
北見は、
その揺れを理解したように
そっと視線を落とした。
「……返事は、本当に急がなくていいです」
北見の声は、
驚くほど優しかった。
「……秋川さんが、
ちゃんと気持ちを言葉にできるまで……
待ちますから」
その“待つ”という言葉が、
秋川の胸をさらに揺らす。
――こんなふうに……
大事にしてくれるんだ……
胸の奥が、
じんわりと熱くなる。
秋川は、
震える指で
そっと北見の手を握り返した。
返事ではない。
でも、
“離れたくない”
という気持ちだけは確かだった。
北見は、
その小さな力に気づき
静かに息を吸った。
風が吹いた。
春の夜の少し冷たい風。
秋川の肩が小さく震える。
北見は、
その震えを見逃さなかった。
迷いのない動きで、
そっと秋川の肩に手を伸ばす。
触れるか触れないかの距離。
でも、
触れたように温かい。
秋川は、
その手の気配に気づき
ゆっくりと顔を上げた。
目が合う。
呼吸が重なる。
距離が縮まる。
――抱きしめられる……
そう思った。
でも北見は、
ぎりぎりのところで止まった。
「……秋川さんが……
嫌じゃなければ……」
その言葉は、
抱きしめる許可を求める
静かな問いだった。
秋川は、
胸の奥がふっと熱くなるのを感じながら
ほんの少しだけ、
北見のほうへ体を寄せた。
それだけで十分だった。
北見は、
そっと秋川を抱き寄せた。
強くない。
でも、確かに。
初めての、
“返事の前の抱きしめる距離”。
秋川は、
その胸の中で静かに目を閉じた。
――この人のそばにいたい……
言葉より先に、
身体が答えを出していた。
第48話
北見の腕の中。
春の夜の風が少し冷たくて、
そのぶん抱擁の温度がはっきり伝わる。
強くない。
でも、確かに包まれている。
秋川は、
胸の奥が静かに震えていた。
――こんなふうに……
抱きしめられるなんて……
返事はまだしていない。
でも、
身体はもう答えを出していた。
北見の胸に頬を寄せると、
心臓の音が微かに聞こえる。
落ち着いているようで、
少しだけ速い。
秋川は、
その鼓動に気づいて
胸がふっと熱くなった。
「……秋川さん」
北見が、
抱きしめたまま小さく呼ぶ。
「……無理はしないでください。
言葉は……ゆっくりでいいです」
その優しさが、
秋川の胸をさらに揺らす。
――そんなふうに言われたら……
もう……言いたくなる……
秋川は、
震える指で
そっと北見の服を掴んだ。
抱きしめられたまま、
秋川はゆっくりと顔を上げた。
夜の光が、
北見の横顔を柔らかく照らす。
胸が苦しいほど高鳴っている。
でも、逃げたくない。
「……北見さん」
声が震える。
でも、止まらない。
「……私……
北見さんといると……
すごく安心します」
北見の目が、
静かに揺れる。
秋川は続けた。
「……手を繋ぐのも……
沈黙も……
歩くのも……
全部……嬉しくて……」
言葉が、
胸の奥から自然に溢れていく。
「……昨日も……今日も……
帰り道も……
ずっと……離れたくなかったです」
北見の指が、
そっと秋川の背に触れた。
秋川は、
その温度に背中を押されるように
最後の言葉を口にした。
「……私も……
北見さんのこと……
好きです」
その瞬間、
北見の腕の力が
ほんの少しだけ強くなった。
抱きしめる温度が、
恋人の温度に変わる。
北見は、
秋川を抱きしめたまま
ゆっくりと息を吸った。
「……ありがとうございます……
秋川さん……」
声が震えていた。
「……こんなに……
嬉しいこと……ないです」
秋川は、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
北見は、
抱擁を解かずに続けた。
「……これからは……
恋人として……
ちゃんと……
秋川さんを大事にします」
その言葉は、
告白の返事を受け取った
“恋人としての宣言”だった。
秋川は、
そっと目を閉じて
北見の胸に額を預けた。
――恋人……
私たち……
第49話
目が覚めた瞬間、
秋川は胸の奥に
昨夜の抱擁の温度がまだ残っているのを感じた。
北見の腕の強さ。
胸の鼓動。
耳元で落とされた声。
「恋人として……大事にします」
その言葉が、
まるで夢の続きのように
静かに胸を満たしていた。
布団の中で、
秋川はそっと息を吸う。
――今日から……
恋人なんだ……
その実感が、
じんわりと広がっていく。
洗面台の鏡に映る自分は、
いつもと同じはずなのに
どこか違って見えた。
頬が少し赤い。
目元が柔らかい。
胸の奥が静かに高鳴っている。
――北見さんに……
会うんだ……
その事実だけで、
心がふっと温かくなる。
服を選ぶ手が、
いつもより慎重になる。
派手じゃないけれど、
少しだけ綺麗に見える服。
「……これで、いいかな……」
自分に問いかける声が
ほんの少し震えていた。
電車に揺られながら、
秋川はスマホを開いた。
通知はない。
でも、
それが逆に胸をくすぐる。
――北見さん……
もう会社に着いてるかな……
昨日までなら
ただの同僚として考えていたことが、
今日はまったく違う意味を持っていた。
恋人として会う。
恋人として話す。
恋人として、同じ職場にいる。
その全部が、
胸の奥を静かに震わせる。
オフィスの自動ドアが開く。
その瞬間、
北見がこちらを振り返った。
昨日までと同じ距離。
同じ場所。
同じ朝。
でも――
視線だけが違った。
柔らかくて、
深くて、
恋人の温度を帯びている。
秋川は、
胸の奥がふっと熱くなるのを感じた。
北見は、
誰にも気づかれないように
ほんのわずかに微笑んだ。
その小さな笑みだけで、
秋川の心は一気に満たされる。
席に向かう途中、
北見がすれ違いざまに
声を落として囁いた。
「……おはようございます、秋川さん。
今日……会えて嬉しいです」
その言葉は、
恋人だけが気づく温度だった。
秋川は、
胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら
小さく返した。
「……おはようございます……
私も……です」
第50話
昼休み。
オフィスのざわめきの中、
秋川はお弁当を広げながら
ふと視線を上げた。
北見が、
こちらを見ていた。
昨日までと同じ距離。
同じ席。
同じ昼休み。
でも――
視線だけが違う。
恋人の温度を帯びている。
秋川は、
胸の奥がふっと熱くなるのを感じた。
北見は、
誰にも気づかれないように
ほんのわずかに微笑んだ。
その小さな笑みだけで、
秋川の心は静かに揺れる。
昼休みが終わり、
席へ戻る途中。
すれ違いざま、
北見が声を落として囁いた。
「……秋川さん。
今日の帰り……
少しだけ時間、ありますか」
その声は、
昨日までの“同僚の誘い”ではなかった。
恋人としての、
“会いたい”
という温度を含んでいた。
秋川は、
胸の奥がふっと跳ねるのを感じながら
小さく頷いた。
「……はい。
あります」
その返事だけで、
北見の表情がわずかに柔らかくなる。
仕事が終わり、
オフィスの外に出ると
春の風が少し冷たかった。
北見は、
自然な動きで隣に立った。
「……秋川さん」
呼ばれただけで、
胸が熱くなる。
北見は、
少しだけ息を吸ってから言った。
「……恋人として……
ちゃんとした“初めてのデート”をしたいんです」
秋川は息を呑む。
北見は続けた。
「……もしよければ……
今度の休み……
二人で、少し遠くへ行きませんか」
その“遠くへ”は、
ただの外出ではなかった。
“恋人としての時間を過ごしたい”
という静かな願いだった。
秋川の胸が、
一気に熱くなる。
「……行きたいです。
北見さんと……」
第51話
春の柔らかい光が落ちる午後。
待ち合わせ場所に現れた北見は、
どこか落ち着かないようで、
でも決意を秘めた表情をしていた。
秋川は、その空気にすぐ気づく。
――今日……
何か特別なことがある……
胸の奥が静かに跳ねる。
北見は、
秋川を見ると
自然に微笑んだ。
「……来てくれて、ありがとうございます」
その言い方は、
恋人としての温度を含んでいた。
「……今日は、行きたい場所があるんです」
北見はそう言って、
秋川の手をそっと握った。
指が絡む。
歩幅が揃う。
影が寄り添う。
秋川は、
胸の奥がふっと熱くなる。
「……どこへ行くんですか」
北見は、
少しだけ照れたように笑った。
「……着いてからのお楽しみです」
その言い方が、
秋川の胸をさらに揺らす。
――北見さん……
こんなふうに“連れていきたい場所”があるなんて……
恋人になった実感が、
歩くたびに深まっていく。
車に乗り、
並んで座る。
肩が触れる。
手は繋いだまま。
でも、
言葉は少ない。
沈黙。
けれど、
その沈黙は甘い。
秋川は、
窓に映る二人の姿を見て
胸の奥がじんわり熱くなる。
――恋人……
私たち……
北見は、
その沈黙を壊さないように
そっと指を絡め直した。
その仕草だけで、
秋川の心は静かに満たされる。
電車を降り、
少し歩くと、
視界がふっと開けた。
そこは――
湖のほとりにある、小さな展望デッキ。
水面が夕陽を受けて揺れ、
風が静かに吹き抜ける。
人は少なく、
静かで、
穏やかで、
二人だけの時間が流れる場所。
秋川は息を呑んだ。
「……ここ……」
北見は、
繋いだ手をそっと握り直した。
「……前に言ってましたよね。
“水の音が好き”って」
秋川は、
胸の奥が一気に熱くなる。
――覚えてくれてた……
北見は続けた。
「……恋人としての最初のデートは……
秋川さんが落ち着ける場所がいいと思って……
ここにしました」
その言葉は、
秋川の胸に深く落ちた。
第52話
湖のほとり。
水面が夕陽を受けて揺れ、
風が静かに頬を撫でていく。
秋川は、
繋いだ手の温度を確かめるように
そっと指を絡め直した。
――恋人……
私たち、本当に……
胸の奥が、
静かに、でも確かに震える。
昨日までと同じ景色なのに、
隣にいる北見の存在だけが
まるで違う意味を持っていた。
歩くたびに、
指先が触れ合うたびに、
胸の奥がふっと熱くなる。
北見は、
その揺れに気づいているように
優しい目で秋川を見つめた。
「……ここ、気に入りましたか」
秋川は、
胸の奥の震えを隠せないまま
小さく頷いた。
「……はい……
すごく……落ち着きます」
その“落ち着く”には、
湖の音だけじゃなく、
北見の存在も含まれていた。
湖畔のベンチに並んで座る。
肩が触れそうで、
触れない。
でも、
触れたように温かい。
風が吹くたび、
秋川の髪が揺れて
北見の肩にふわりとかかる。
北見は、
その髪をそっと指先で整えた。
触れたのは一瞬。
でも、
その距離は――
キスの手前の距離
だった。
秋川は、
息を吸うのを忘れた。
胸の奥が跳ねる。
指先が震える。
北見も、
触れた指先をそっと引き戻しながら
わずかに息を整えていた。
沈黙。
でも、
その沈黙は甘い。
夕陽が湖に沈みかけ、
空が橙から薄紫へ変わっていく。
秋川は、
その光に照らされる北見の横顔を見て
胸の奥がふっと熱くなった。
――こんな距離で……
恋人として座っているなんて……
自然と、
身体が少しだけ北見のほうへ寄る。
ほんの数センチ。
でも、
その数センチが決定的だった。
北見は、
その動きに気づき
ゆっくりと顔を向けた。
目が合う。
呼吸が重なる。
距離が縮まる。
触れない。
でも、
触れたように近い。
秋川は、
胸の奥でそっと思った。
――この距離……
嫌じゃない……
むしろ……
北見は、
その揺れを受け止めるように
静かに囁いた。
「……秋川さん」
その声だけで、
胸がまた跳ねる。
第53話
夕陽が沈みきり、
湖面が薄紫に染まる。
風は弱く、
水の音だけが静かに響いている。
秋川は、
北見の横顔を見つめながら
胸の奥がふっと熱くなるのを感じていた。
――恋人として……
こんな距離で座っているなんて……
指先が震える。
呼吸が浅くなる。
北見は、
その揺れに気づいたように
そっと秋川のほうへ身体を向けた。
「……秋川さん」
名前を呼ばれただけで、
胸が跳ねる。
秋川は、
ゆっくりと顔を上げた。
目が合う。
その瞬間、
空気が変わった。
北見の視線は、
いつもより深くて、
優しくて、
触れそうで触れない距離を測っていた。
秋川は、
その視線に吸い寄せられるように
ほんの少しだけ身体を寄せた。
肩が触れそうで、
触れない。
でも、
呼吸だけが触れ合う。
北見は、
その距離を確かめるように
ゆっくりと顔を近づけた。
唇と唇の距離は、
ほんの数センチ。
秋川は、
胸の奥が苦しいほど高鳴っているのを感じた。
――キス……
するの……?
でも北見は、
ぎりぎりのところで止まった。
触れない。
でも、
触れたように甘い。
秋川の呼吸が、
北見の頬にかかる。
北見の呼吸が、
秋川の唇に触れる。
その一瞬、
世界が静かになった。
北見は、
触れそうで触れない距離のまま
小さく囁いた。
「……秋川さん……
無理はしません。
あなたが……
望んだときでいいです」
その声は、
キスより甘かった。
秋川は、
胸の奥がふっと震えるのを感じながら
そっと目を閉じた。
――この距離……
嫌じゃない……
むしろ……
北見は、
秋川の震えを受け止めるように
そっと頬に手を添えた。
触れたのは、
指先だけ。
でも、
その温度は
唇より深く落ちていく。
キスはしなかった。
でも、
触れなかったからこそ、
胸の奥に残る熱は
消えなかった。
秋川は、
そっと目を開けて
北見を見つめた。
北見も、
優しい目で見返す。
触れない唇。
触れた呼吸。
2026/05/07 20:22
2件のコメント
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ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示吐息がくちびるに掛かったら、もうそれはチューだよね、チューだよね〜‼️💧
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示嘘が付けない『貸枕考古』
…今日は
ありがとうございました…
楽しかったです
───いろんな意味を込めて
そっとささやく初夏の夜。