「ここにいるよ」 第19話~第28話
■ 第19話「迷いと痛みと、ひとつの答え」
佐伯がふと声をかけてくる。
佐伯「小川さん、今日も少し歩かない?」
真帆「あ……今日は、ちょっと……」
断りながらも、
胸の奥がざわつく。
(佐伯くんの言葉、まだ残ってる……
“見つけたい”って言われたの、嬉しかった)
でも同時に、
昨日の三男の言葉も蘇る。
「姉ちゃんが誰かに笑ってるの、胸が痛い」
真帆(心の声)
(……なんで、三男の方が強く残るんだろ)
自分でもわからない。
その“わからなさ”が、真帆を迷わせていた。
真帆が校門を出ると、三男が待っている。
昨日よりも、少しだけ近い距離で。
三男「……姉ちゃん、帰ろ」
真帆「うん」
歩き出す二人。
沈黙はあるけれど、
昨日より柔らかい。
真帆「三男、今日……佐伯くんに誘われた」
三男「……っ」
三男の歩みが止まる。
三男「……行ったの?」
真帆「行ってないよ」
三男「なんで」
真帆「……三男が、嫌がると思ったから」
三男の目が揺れる。
三男「……姉ちゃん」
真帆「うん」
三男「俺……もっと姉ちゃんの近くにいたい」
その言葉は、
昨日よりずっと強かった。
家に帰ると、家族が待ち構えていた。
父「三男、今日こそ言え」
母「真帆ちゃん、三男くんの隣座って〜」
長男「距離を縮めるチャンスだよ」
真帆「やめて!!」
三男は真っ赤になって俯く。
父「三男。お前の気持ちは家族全員知っている」
母「応援してるわよ〜」
長男「頑張れ」
三男「……やめて……ほんとに……」
真帆は三男を見る。
(……こんなに顔赤くして、
こんなに困ってるのに)
胸がまた、
じんわり熱くなる。
家族が気を利かせて(?)
「二人で話しなさい」と言って部屋を出る。
真帆と三男だけが残る。
静かな夜。
時計の音だけが響く。
真帆「三男」
三男「……なに」
真帆「私ね、佐伯くんのこと……
嫌いじゃないよ」
三男の目が揺れる。
真帆「でも……三男のこと考える時間の方が、
ずっと長い」
三男「……っ」
真帆「なんでかわかんないけど……
三男が誰かに取られたら嫌だって思った」
三男は息をのむ。
三男「姉ちゃん……」
真帆「うん」
三男「俺も……姉ちゃんが誰かに笑うの、嫌だ」
真帆はそっと三男の方へ向き直る。
真帆「……ねぇ三男」
三男「なに」
真帆「私たちって……どうなるんだろうね」
三男はゆっくり、
真帆の手に触れた。
三男「……姉ちゃんが嫌じゃなければ、
もっと近くにいたい」
真帆は少しだけ笑う。
真帆「……嫌じゃないよ」
二人の手が、
静かに重なった。
その瞬間、
“距離”は決定的に変わった。
■ 第20話「触れた手の温度が、全部を変えた」
リビングに残されたのは、
真帆と俺だけだった。
家族は気を利かせたつもりらしいけど、
正直、逃げ出したかった。
でも――
真帆が隣に座った瞬間、
逃げるという選択肢は消えた。
真帆「三男」
三男「……なに」
声が震えていた。
自分でもわかる。
真帆「私ね、佐伯くんのこと……嫌いじゃないよ」
胸が、
一瞬で冷たくなる。
(……そうだよな。
佐伯くんは優しいし、ちゃんと真帆を見てる)
でも次の言葉が、
その冷たさを一気に溶かした。
真帆「でも……三男のこと考える時間の方が、ずっと長い」
心臓が跳ねた。
(……俺?
俺のこと?)
真帆は続ける。
真帆「三男が誰かに取られたら嫌だって思った」
その瞬間、
息が止まった。
(……姉ちゃん)
真帆の横顔は、
夕方よりもずっと近くて、
ずっと柔らかかった。
三男「姉ちゃん……」
言葉が喉でつかえる。
(好きとか、恋とか、
そんな簡単な言葉じゃ足りない)
真帆「うん」
三男「俺……姉ちゃんが誰かに笑うの、嫌だ」
真帆は驚いたように目を見開いたあと、
少しだけ笑った。
真帆「……私もだよ」
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
真帆がそっと、
俺の方へ向き直った。
真帆「ねぇ三男」
三男「……なに」
真帆「私たちって……どうなるんだろうね」
どうなるかなんて、
わからない。
でも――
わからないからこそ、
言わなきゃいけない言葉があった。
三男「……姉ちゃんが嫌じゃなければ、
もっと近くにいたい」
真帆は少しだけ笑って、
俺の手に触れた。
真帆「……嫌じゃないよ」
その瞬間、
世界が静かになった。
時計の音も、
外の車の音も、
全部遠くなった。
触れた手の温度だけが、
はっきりと残った。
(……ああ。
もう戻れない)
そう思った。
真帆は手を離さなかった。
俺も離せなかった。
三男(心の声)
(姉ちゃん。
俺はずっと、ここにいるよ)
声にはしない。
でも、確かにそう思った。
そして――
この夜を境に、
俺たちの距離は“元には戻らない”と
はっきりわかった。
■ 第21話「触れた手の温度と、翌日のすれ違い」
リビングに残されたのは、
三男と私だけだった。
家族が気を利かせたつもりなのはわかるけど、
正直、逃げたかった。
でも――
三男が隣に座った瞬間、
逃げる理由は消えた。
三男「……なに」
真帆「三男、昨日のこと……」
声が震えていた。
自分でも驚くくらいに。
三男は、
私の言葉を聞くたびに
少しずつ表情を変えていった。
真帆「佐伯くんのこと、嫌いじゃないよ」
三男の目が揺れた。
胸が痛んだ。
(……あ、これ言っちゃダメだったかな)
でも、
本当に言いたかったのはその先だった。
真帆「でも……三男のこと考える時間の方が、ずっと長い」
三男の呼吸が止まった気がした。
(あ、これ……言ってよかったんだ)
胸の奥が、
じんわり熱くなる。
真帆「三男が誰かに取られたら嫌だって思った」
言った瞬間、
自分の心の形がはっきりした。
三男「……姉ちゃん」
その声が、
いつもより低くて、
いつもより近かった。
そして――
三男がそっと、
私の手に触れた。
温かかった。
驚くほど。
真帆(心の声)
(……ああ、もう戻れない)
そう思った。
目が覚めた瞬間、
昨日の手の温度が蘇った。
(……どうしよう)
嬉しい。
でも、怖い。
三男の顔を見たら、
昨日の続きみたいになってしまいそうで。
教室に入った瞬間、ゆかりが叫ぶ。
ゆかり「真帆!!なんか今日、顔赤くない!?」
真帆「赤くない」
姫「心拍数が昨日より高い」
真帆「測るな!!」
ゆかりはニヤニヤしている。
ゆかり「三男くんと何かあったでしょ」
真帆「……っ、なにもない」
姫「反応速度が“図星”」
真帆「やめて!!」
(……言えるわけない)
校門を出ると、三男が待っていた。
でも――
昨日より距離が遠い。
三男「……帰ろ」
真帆「うん」
歩き出す。
沈黙が、昨日より重い。
真帆「三男、昨日のこと……」
三男「忘れていいよ」
真帆「……え?」
三男「姉ちゃん、困ってるなら……忘れていい」
胸が、
ぎゅっと締めつけられた。
(困ってなんかないのに)
真帆「……三男は、忘れたいの?」
三男「……わかんない」
その言葉が、
昨日よりずっと遠く感じた。
真帆(心の声)
(……なんで、こんなに遠いの)
昨日あんなに近かったのに。
家に帰っても、
三男は目を合わせてくれなかった。
真帆(心の声)
(……私、何か間違えた?)
昨日の温度が、
今日の冷たさに変わっていく。
真帆(心の声)
(近づいたと思ったのに……
どうしてすれ違うんだろ)
静かな夜が、
昨日とは違う意味で胸に刺さった。
■ 第22話「すれ違いの理由、触れ直す手」
昨日の冷たさがまだ胸に残っている。
校門で三男を見つけた瞬間、
胸がきゅっと締まった。
真帆「……帰ろ」
三男「うん」
歩き出す。
沈黙が、昨日より重い。
真帆「三男、昨日のこと……」
三男「忘れていいよ」
その言葉が、
また胸に刺さる。
真帆「……三男は、忘れたいの?」
三男「……わかんない」
(わかんない、じゃないよ……
昨日あんなに近かったのに)
真帆は言葉を飲み込んだ。
三男(心の声)
(忘れたいわけない。
でも……姉ちゃんが困ってるなら、
俺が距離を置くべきだと思った)
真帆が困った顔をした瞬間、
胸が痛んだ。
(俺のせいで困らせたくない)
だから“忘れていい”と言った。
でも――
(言った瞬間、俺の方が苦しくなった)
真帆「……三男」
三男「なに」
真帆は深呼吸して、
勇気を振り絞った。
真帆「昨日のこと……困ってないよ」
三男「……え?」
真帆「困ってない。
むしろ……嬉しかった」
三男の目が揺れる。
真帆「三男が“近くにいたい”って言ってくれたの、
ずっと残ってる」
三男「……姉ちゃん」
真帆「だから……忘れたくない」
沈黙。
でも、昨日とは違う沈黙。
三男(心の声)
(……よかった)
喉の奥が熱くなる。
三男「俺……姉ちゃんが困ってると思って……
距離置いた方がいいのかなって……」
真帆「困ってないよ。
むしろ……距離置かれる方が困る」
三男は息をのむ。
三男「……ごめん」
真帆「謝らなくていいよ」
二人の影が、
夕暮れの道で重なった。
真帆はそっと、
三男の袖をつまんだ。
真帆「ねぇ三男」
三男「……なに」
真帆「昨日みたいに……手、つないでいい?」
三男の目が大きく開く。
三男「……いいの?」
真帆「うん。
忘れたくないって言ったでしょ」
三男はゆっくり、
真帆の手を取った。
温かい。
昨日と同じ温度。
でも――
昨日よりずっと安心する温度。
家に帰る道、
二人は手を離さなかった。
三男「姉ちゃん」
真帆「なに」
三男「俺……昨日より、もっと近くにいたい」
真帆は少しだけ笑う。
真帆「……私もだよ」
すれ違いは、
静かに、確かに解けた。
そして二人の距離は、
昨日よりも深く、
昨日よりも温かくなった。
■ 第23話「祝賀ムード暴走家族、そして逃げ場のない二人」
階段を降りた瞬間、真帆は違和感に気づいた。
テーブルの上には
・クラッカー
・紙吹雪
・“おめでとう”の文字(誰が書いたのか不明)
・母の手作りケーキ(※朝から)
真帆「……何これ」
母「真帆ちゃん、おめでとう〜」
真帆「何が!?」
長男「昨日、三男と仲直りしたでしょ」
真帆「なんで知ってるの」
父「三男の顔が“進展あり”だった」
真帆「表情筋で判断するな!」
三男は真っ赤になって俯いている。
三男「……やめて」
母「照れてる〜かわいい〜」
長男「三男、昨日手つないだ?」
真帆「なんでそこまで知りたいの!?」
父は腕を組んでうなずく。
父「よし、祝賀会を始める」
真帆「始めるな!!」
母「まずはケーキね〜」
真帆「朝からケーキ食べないよ!」
長男「じゃあ俺が食べる」
父「三男、真帆の隣に座れ」
三男「……いや」
父「座れ」
三男「……はい」
真帆「なんで命令形なの」
母はにこにこしながら言う。
母「真帆ちゃん、三男くんのこと好きなんでしょ〜」
真帆「ちょっ……!」
長男「三男も真帆のこと好きだしね」
三男「ちょ、ちょっと……!」
父「交際前祝いだ」
真帆「まだ付き合ってない!!」
家族のテンションは最高潮。
三男は真っ赤になって、
真帆の横で固まっている。
三男「……姉ちゃん、ごめん」
真帆「なんで謝るの」
三男「俺のせいで……こうなってる」
真帆「三男のせいじゃないよ。
家族が勝手に暴走してるだけ」
父「聞こえてるぞ」
母「暴走じゃなくて応援よ〜」
長男「祝賀ムードだよ」
三男「……ほんとにやめて」
でも、
真帆は気づいていた。
(……三男、ちょっと嬉しそう)
ほんの少しだけ、
口元が緩んでいた。
父「では、二人の今後の計画を話し合おう」
真帆「話し合うな!!」
母「まずはデートね〜」
真帆「行かない!!」
長男「いや行くでしょ」
真帆「行かない!!」
三男「……行きたい」
真帆「えっ」
家族「(聞こえてるぞ)」
三男「……っ、違う……違わないけど……違う……」
真帆「どっちなの」
父「よし、デート計画を立てる」
真帆「立てるな!!」
騒ぎの中、
三男がぽつりと言う。
三男「……姉ちゃん」
真帆「なに」
三男「俺……昨日のこと、嬉しかった」
真帆は一瞬で顔が熱くなる。
真帆「……っ、三男……」
家族「(聞こえてるぞ)」
真帆「聞くな!!」
三男は続ける。
三男「姉ちゃんが……俺のこと考えてくれてたの、
嬉しかった」
真帆は俯く。
(……ずるいよ、そういうの)
でも、
胸の奥がじんわり温かくなる。
父「よし、二人は順調だ」
母「おめでとう〜」
長男「交際前祝い、成功」
真帆「成功じゃない!!」
三男「……ほんとにやめて」
でも、
真帆も三男も、
どこか笑っていた。
家族の暴走は迷惑だけど、
その騒がしさの中で
“二人の距離が確かに変わった”ことだけは
誰よりも家族が気づいていた。
■ 第24話「気づかれる距離、気づいてしまう想い」
真帆が靴を履いていると、
三男が少しだけ緊張した顔で声をかけてきた。
三男「……姉ちゃん、今日……寄り道して帰らない?」
真帆「寄り道?」
三男「……うん。デートじゃないけど……一緒に行きたい場所がある」
“デートじゃないけど”
その言い方が、逆に胸をくすぐる。
真帆「……いいよ」
三男の表情が、
ほんの少しだけ緩んだ。
真帆と三男が並んで歩き出す。
その距離は、
以前より自然で、
以前より近い。
佐伯は校門の影からその姿を見ていた。
佐伯(心の声)
(……あれ)
二人の影が重なったり離れたりする。
そのリズムが、
“家族”の距離ではなかった。
佐伯(心の声)
(小川さん……
昨日より、三男くんの方を見てる)
胸の奥が、
静かに痛む。
三男が連れてきたのは、
学校から少し離れた小さな公園だった。
夕暮れの光が、
ブランコの鎖を金色に染めている。
真帆「ここ、久しぶり」
三男「……姉ちゃん、小さい頃よく来てたから」
真帆「覚えてたの?」
三男「……全部」
真帆の胸が、
ふっと温かくなる。
二人は並んでブランコに座る。
風が頬を撫でる。
三男「……姉ちゃん」
真帆「なに?」
三男「昨日のこと……嬉しかった」
真帆「……私もだよ」
沈黙。
でも、心地いい沈黙。
偶然、公園の前を通った佐伯は、
ブランコに並んで座る二人を見つけた。
夕暮れの光の中で、
真帆が三男の方へ少しだけ寄りかかっている。
佐伯(心の声)
(……ああ)
その光景は、
“家族”ではなく
“誰かを選んだ二人”の距離だった。
佐伯(心の声)
(小川さん……
もう、俺の入る隙間はないんだ)
胸が締めつけられる。
でも、
その痛みは静かで、
どこか納得してしまう痛みだった。
真帆「三男」
三男「……なに」
真帆「今日、誘ってくれて嬉しかったよ」
三男は少し照れたように俯く。
三男「……姉ちゃんと一緒にいたかっただけ」
真帆「うん。私も」
風が吹き、
二人の影が重なる。
真帆はそっと、
三男の袖をつまんだ。
真帆「……また来ようね」
三男「……うん。何回でも」
その言葉は、
“デート未満”を
“特別な時間”に変えるには十分だった。
佐伯は公園から離れながら、
夕暮れの空を見上げた。
佐伯(心の声)
(小川さん……
幸せそうだったな)
悔しさでも、嫉妬でもない。
ただ、
静かに胸に落ちる痛み。
佐伯(心の声)
(……あの距離は、俺には作れない)
そう気づいた瞬間、
彼は初めて“諦め”という言葉を
自分の中で受け入れた。
■ 第25話「諦めきれないのに、もう届かない」
校舎を出た瞬間、
佐伯は二人の姿を見つけた。
真帆と三男。
昨日より近い距離で歩いている。
真帆が三男の袖をつまんで、
三男が少し照れたように笑っている。
佐伯(心の声)
(……また、距離が近くなってる)
胸の奥が、
静かに沈んだ。
佐伯は一歩踏み出そうとして、
足が止まった。
(声をかけたら……邪魔になる気がした)
真帆の横顔は、
どこか安心していて、
どこか甘えていて、
“誰かの隣”にいる顔だった。
佐伯(心の声)
(俺の前では……あんな顔、しなかった)
その事実が、
思った以上に胸に刺さる。
二人が角を曲がって見えなくなっても、
佐伯はしばらくその場に立ち尽くした。
佐伯(心の声)
(……小川さんのこと、
まだ諦められない)
昨日の笑顔が、
夕暮れの光の中で揺れる。
佐伯(心の声)
(もっと話したかった。
もっと知りたかった)
でも、
その“もっと”が叶わない気がしていた。
帰り道、
佐伯は偶然、
公園の前を通りかかった。
そこで見たのは――
ブランコに並んで座る真帆と三男。
真帆が三男の袖をつまんで、
三男がその手をそっと握り返す。
夕暮れの光が、
二人の影をひとつにしていた。
佐伯(心の声)
(……ああ)
胸の奥が、
静かに崩れていく。
(もう……俺の入る隙間はない)
佐伯は公園から離れながら、
空を見上げた。
佐伯(心の声)
(小川さん……
幸せそうだったな)
その光景は、
悔しさよりも、
嫉妬よりも、
“納得”に近かった。
でも――
佐伯(心の声)
(それでも……
諦めきれないんだよ)
胸の奥に残った小さな痛みが、
まだ消えない。
に向かっても、
教科書の文字が頭に入らない。
佐伯(心の声)
(小川さん……
俺、どうしたらよかったんだろ)
もっと早く声をかけていたら。
もっと勇気を出していたら。
そんな“もしも”ばかりが浮かぶ。
佐伯(心の声)
(……でも、もう遅いのかな)
窓の外の夜風が、
静かに揺れていた。
■ 第26話「それでも、伝えたかった」
真帆と三男が並んで歩く姿を見てから、
佐伯はずっと胸の奥がざわついていた。
(もう届かない。
でも……このまま何も言わずに終わるのは、
もっと嫌だ)
告白じゃない。
奪うつもりもない。
ただ――
“ちゃんと向き合いたい”だけだった。
真帆が帰り支度をしていると、
佐伯は静かに声をかけた。
佐伯「小川さん、少し……いい?」
真帆「あ、うん」
三男は少し離れた場所で待っている。
その視線が痛いほどわかる。
(ごめん。
でも、これだけは言わせてほしい)
二人きりになった瞬間、
佐伯は言葉を失った。
真帆「どうしたの?」
佐伯「……うまく言えないんだけど」
夕暮れの光が、
真帆の横顔を柔らかく照らす。
(やっぱり、綺麗だな)
でも、その光は
自分のものじゃない。
佐伯「小川さん……
最近、すごくいい顔してる」
真帆「え?」
佐伯「前より……ずっと、柔らかい顔」
真帆は少し照れたように笑う。
佐伯「……誰かの隣にいる顔だなって思った」
真帆の表情が、
一瞬だけ揺れた。
佐伯「それが……三男くんなんだろうなって」
真帆「……うん」
その“うん”が、
胸に静かに落ちた。
痛いけど、
どこか救われる痛みだった。
佐伯「小川さん。
俺……君のこと、ちゃんと好きだったよ」
真帆「……佐伯くん」
佐伯「でも、奪うつもりはない。
君が誰を選ぶのかは……君が決めることだから」
真帆は目を伏せる。
佐伯「ただ……
君が幸せそうで、よかった」
それは嘘じゃなかった。
本当に、そう思った。
真帆が三男のもとへ戻る。
三男は不安そうに、
でも真帆を信じるように立っていた。
二人が並んだ瞬間、
距離が自然に近づく。
佐伯(心の声)
(……ああ。
やっぱり、俺の入る隙間はない)
でも、
その光景を見て初めて、
胸の痛みが少しだけ軽くなった。
佐伯は空を見上げた。
(小川さん。
ありがとう)
言葉にはしない。
でも、
心の中でそっと呟いた。
そして――
彼はようやく、
前に進む準備ができた。
■ 第27話「問い詰められて、気づいてしまう」
昨日の“デート未満”の帰り道。
三男の袖をつまんだ感触が、まだ指先に残っている。
真帆(心の声)
(……なんで、こんなに思い出すんだろ)
胸の奥が、
じんわり熱い。
教室に入った瞬間、
ゆかりが机を叩いて立ち上がる。
ゆかり「真帆!!昨日、何があった!!」
真帆「な、なんにもないよ」
姫「嘘。表情筋が“進展あり”」
真帆「表情筋で判断するな!!」
ゆかりは真帆の肩を掴む。
ゆかり「三男くんとどこ行ったの!?
なんでそんなに顔赤いの!?」
真帆「赤くない!」
姫「心拍数、昨日より高い」
真帆「測るな!!」
ゆかりは目を細める。
ゆかり「真帆……
三男くんのこと、好きになってきてるでしょ」
真帆「……っ」
その瞬間、
胸が跳ねた。
否定しようとしたのに、
言葉が出てこない。
姫は静かに言う。
姫「反応速度が“図星”」
真帆「やめて!!」
ゆかりは真帆の机に身を乗り出す。
ゆかり「ねぇ真帆。
佐伯くんのこと考えるより、
三男くんのこと考える時間の方が長いんじゃない?」
真帆「……っ」
図星だった。
真帆(心の声)
(なんで……
なんで三男のことばっかり思い出すの)
姫が静かに言う。
姫「真帆は“三男くんに取られたくない”と感じている」
真帆「……っ、なんでわかるの」
姫「表情筋」
真帆「表情筋で全部わかるな!!」
でも、
否定できなかった。
校門で三男が待っている。
昨日より少しだけ近い距離で。
三男「……帰ろ」
真帆「うん」
その“うん”が、
昨日より自然に出た。
歩きながら、
真帆はふと三男の横顔を見る。
(……なんでこんなに安心するんだろ)
佐伯と話した時の“緊張”とは違う。
三男といる時の“落ち着き”とも違う。
もっと、
深いところに触れる感覚。
三男がふと、
真帆の方を向く。
三男「……姉ちゃん、今日なんか変」
真帆「変じゃないよ」
三男「変」
真帆「変じゃないってば」
でも、
胸の奥はずっとざわついていた。
真帆(心の声)
(……私、三男のこと……)
言葉にしようとした瞬間、
心臓が跳ねた。
(……まだ言えない)
でも、
確かに何かが変わっている。
家に帰っても、
ゆかりの言葉が頭から離れない。
「三男くんのこと、好きになってきてるでしょ」
真帆(心の声)
(……好き、なのかな)
胸に手を当てる。
鼓動が速い。
(佐伯くんの時とは違う。
三男の時は……
もっと、深いところが揺れる)
気づきたくなかった気持ちが、
静かに形になっていく。
真帆(心の声)
(……私、三男のこと……)
言葉にならないまま、
胸の奥が熱くなる。
■ 第28話「正式デート推進家族、逃げ場なし」
階段を降りた瞬間、真帆は気づいた。
父は新聞を逆さに持ち、
母はエプロンの紐を結び忘れ、
長男は妙にニヤニヤしている。
真帆「……何その顔」
母「真帆ちゃん、今日の予定は?」
真帆「学校だけだけど」
長男「放課後は?」
真帆「帰るけど」
父「三男と?」
真帆「なんでそうなるの」
三男はテーブルの端で固まっている。
三男「……やめて」
母「照れてる〜かわいい〜」
長男「昨日の帰り、手つないでた?」
真帆「なんで知ってるの!?」
父「三男の顔が“つないだ”だった」
真帆「表情筋で判断するな!!」
父が咳払いをして、
妙に真面目な顔で言う。
父「真帆。三男。
そろそろ正式にデートしたらどうだ」
真帆「しない!!」
三男「……っ、いや……その……」
母「三男くん、行きたいんでしょ〜?」
三男「行きたい……けど……」
真帆「えっ」
長男「ほら、三男もこう言ってるし」
真帆「言ってない!!」
三男「言った……」
真帆「言ったの!?」
父は満足げにうなずく。
父「よし、決まりだ」
真帆「決めるな!!」
母「まずは服ね〜。真帆ちゃん、可愛いワンピース持ってる?」
真帆「持ってない!!」
長男「じゃあ買いに行こう」
真帆「行かない!!」
父「三男、どこに行きたい」
三男「……姉ちゃんが行きたいところ」
真帆「ずるい言い方しないで!!」
母はメモ帳を取り出す。
母「映画、カフェ、公園、ショッピング……」
真帆「全部やめて!!」
長男「じゃあ全部やろう」
真帆「やらない!!」
三男は真っ赤になりながらも、
どこか嬉しそうに俯いている。
(……ほんとに行きたいんだ)
その表情に、
真帆の胸が少しだけ熱くなる。
父「三男。男なら堂々と誘え」
三男「……無理」
母「大丈夫よ〜真帆ちゃんも嬉しいわよ〜」
真帆「言ってない!!」
長男「でも顔が“嬉しい”だよ」
真帆「表情筋で判断するな!!」
三男は小さく息を吸って、
真帆の方を向く。
三男「……姉ちゃん」
真帆「なに」
三男「今度……どこか行きたい」
真帆「……っ」
家族「(聞こえてるぞ)」
真帆「聞くな!!」
でも、
胸の奥がじんわり温かくなる。
父「よし、正式デート決定だ」
真帆「決定じゃない!!」
母「真帆ちゃん、楽しんできてね〜」
長男「三男、頑張れ」
三男「……うん」
真帆は顔を覆う。
(……なんでこんな流れに)
でも、
三男の横顔を見ると――
(……嫌じゃない)
その気持ちに気づいた瞬間、
胸がまた熱くなる。
真帆「……三男」
三男「なに」
真帆「ほんとに……行きたいの?」
三男「行きたい。
姉ちゃんと一緒にいたい」
真帆「……っ」
家族の騒がしさとは違う、
静かで真っ直ぐな言葉。
真帆「……じゃあ、考える」
三男「……うん」
その“うん”が、
昨日よりずっと嬉しそうだった。
2026/04/30 17:47
1件のコメント
(新着順)
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示固唾をのむ怒涛の展開ッ!
佐伯ィィィー(わかるぞその気持ち)