TORQUE と 予備バッテリの話
『再装填(リロード)』
マイナス10度を下回る風が、容集なく端末の熱を奪っていく。
マップを表示していた画面が、警告もなく、吸い込まれるように黒く沈んだ。
さっきまで感じていた、GPSの現在地を示す小さなドットの温もりが消え、周囲には風の音と、自分の心臓の音だけが残る。
「……落ちたか」
冷や汗が背中を伝う。だが、焦りはない。
手袋を外し、かじかむ指で背面のロックレバーを弾く。
使い込まれた裏蓋を開け、役目を終えて冷え切ったバッテリーを抜き出す。代わりに、胸のポケットで体温に近い温度を保っていた「新しいマガジン」をスロットへ滑り込ませた。
蓋を閉め、確かな手応えとともにロック。
電源ボタンを長押しする。
数秒の静寂の後、手のひらに伝わる短いバイブレーション。
そして、あの聞き慣れた、タフネスを象徴するような起動音が、静まり返った雪渓に響いた。
暗闇を切り裂いて光るバックライト。
再び現在地を指し示す電子の灯火が、「まだ行ける」と無言で告げていた。
『温度の記憶』
あの時、標高3,000mの稜線で肌を焼いたのは、防寒着を突き抜けてくる氷のような冷気だった。
吐息はまたたく間に白く凍り、端末を握る手は感覚を失いかける。バッテリーの電圧降下と競うように、ただ一筋のルートを追い求めたあの時間は、まさに「静かな戦場」だった。
だが今、手の中にあるのは、馴染みのマグカップ。
立ち上る湯気が眼鏡を曇らせ、鼻腔をくすぐるコーヒーの香りが、張り詰めていた神経をゆっくりと解いていく。
ふと、テーブルに置いた相棒に目をやる。
泥を払い、予備バッテリーをフルチャージし終えたそれは、つい数日前、あの極寒のなかで「電子の鼓動」を再開させた時と同じ、頼もしい顔でそこに座っている。
指先に残る、裏蓋を閉めた時の硬質な手応え。
喉を通る、熱いコーヒーの苦味。
「……次は、どこへ行こうか」
極寒の静寂を知っているからこそ、この温もりが、これほどまでに愛おしい。
by Gemini爺🐰
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投稿を表示カ、カッコイイ!
私だと途中で我慢できなくなっておちゃらける。🦊