「嘘が付けないサラリーマン」第7話
“また”
その言葉から始まった日々は、
もう完全に二人のリズムになっていた。
特別な約束はない。
でも、
同じ時間に同じ方向へ歩くことが
自然になっていた。
秋川は、通勤電車の窓に映る自分の顔を見ながら
胸の奥にある“昨日の余韻”を思い返していた。
――影、重なってた。
あれ……偶然じゃない。
胸の奥が静かに熱くなる。
“恋”という言葉を
まだ自分に向けて言えない。
でも、
その輪郭だけは、はっきりしてきていた。
北見は、昼休みに外へ出て
風に当たりながらスマホを見た。
秋川の名前を見るだけで、
胸の奥が少し落ち着く。
――こんな感覚……
本当に久しぶりだ。
その“久しぶり”の意味は、
まだ誰にも言っていない。
言うつもりもなかった。
でも、
今日だけは違った。
秋川が帰り支度をしていると、
スマホが小さく震えた。
北見から。
「今日、帰り……歩ける?」
秋川は、
胸の奥が静かに跳ねるのを感じた。
「……はい。歩きたいです」
指先が、
迷わず動いた。
二人は、
ほぼ同じタイミングで駅に着いた。
北見の表情が、
いつもより少しだけ柔らかい。
秋川は、
その柔らかさに胸が揺れた。
「……行こうか」
「……はい」
歩き出す。
歩幅は自然に揃う。
距離は昨日より近い。
川沿いの道に入ったとき、
北見がふっと息を吸った。
「……昔さ」
秋川は、
歩く速度を少しだけ落として
北見の言葉を待った。
北見は、
川面を見ながら続けた。
「……誰かと歩くのが、
しんどかった時期があったんだ」
秋川の胸が静かに揺れた。
北見は、
言葉を選ぶようにゆっくり話す。
「一緒にいると、
気を使わせてるんじゃないかって……
そう思われるのが怖くてさ」
秋川は、
その“怖くて”に胸が締めつけられた。
「……北見さん」
北見は、
少しだけ笑った。
「でも……
秋川さんとは違うんだよね。
一緒に歩いてても……
しんどくない」
秋川の胸の奥が、
静かに熱くなった。
――違う。
私だけは、違う。
その言葉が、
胸の奥で形になり始める。
秋川は、
北見の横顔を見ながら
胸の奥でそっと思った。
――私……
この人の力になりたい。
“好き”という言葉はまだ出ない。
でも、
好きの形だけが、はっきりしてきていた。
北見の過去に触れたことで、
秋川の気持ちは揺れではなく
“確信の前触れ”に変わっていた。
歩きながら、
二人の距離は自然と近づいていく。
触れない。
でも、
触れようと思えば触れられる距離。
昨日より近い。
一昨日より近い。
秋川は、
その距離に胸が静かに震えた。
北見もまた、
その距離に気づきながら
離れようとは思わなかった。
むしろ――
この距離が落ち着いた。
夜の川が揺れ、
街灯の光が二人の影を寄り添わせる。
二人は、
言葉にしないまま
恋の核心へ静かに歩き始めていた。
川沿いの道を歩く二人。
北見の過去がふと滲み、
秋川の胸の奥に“寄り添いたい”という気持ちが静かに広がっていた。
歩幅は自然に揃い、
距離は昨日より近い。
秋川は、
北見の横顔を見ながら
胸の奥の熱を抑えきれなかった。
――私……
この人のこと……
もう、特別に見てる。
その自覚が、
言葉になる前に
表情に滲み出てしまった。
ほんの少し、
目元が柔らかくなる。
呼吸が浅くなる。
視線が、北見に吸い寄せられる。
北見は、
その変化に気づいた。
気づいた瞬間、
胸の奥がふっと揺れた。
――今……
秋川さん、どんな顔してた?
言葉にできない。
でも、
“自分に向けられた温度”だけは確かに感じた。
北見は、
その温度に引き寄せられるように
歩幅をほんの少しだけ寄せた。
秋川も、
自然と同じ方向へ寄った。
気づけば、
二人の距離は
“触れそうで触れない”ところまで近づいていた。
手と手の間にあるのは、
ほんの数センチ。
触れない。
でも、
触れようと思えば触れられる距離。
秋川は、
その距離に胸が跳ねた。
――こんなに近いの……
初めて。
北見も、
その距離に息を止めた。
――触れたら……
戻れなくなる。
風が弱く吹き、
川面の光が揺れ、
街灯の明かりが二人の影を寄り添わせる。
沈黙が落ちる。
でも、
その沈黙は決定的だった。
“恋の自覚が表情に滲み、
距離がそれを肯定する沈黙”だった。
秋川は、
勇気を振り絞るように
小さく言った。
「……北見さん」
北見は、
その声に静かに目を向けた。
「……うん」
その“うん”は、
何かを受け止める準備ができている人の声だった。
二人は、
触れないまま、
触れたように近かった。
夜の空気が、
二人の関係の“次の段階”を
そっと示していた。
触れそうで触れない距離。
手と手の間にあるのは、ほんの数センチ。
秋川の表情には、
言葉にならない恋の自覚が滲んでいた。
北見は、
その表情に気づいてしまった。
気づいた瞬間、
胸の奥がふっと揺れた。
――今の顔……
俺に向けられたもの、だよな。
その揺れが、
言葉を押し出した。
「……秋川さん」
秋川は、
その声に静かに目を向けた。
「……はい」
北見は、
ほんの一瞬だけ迷って、
でも、
もう隠せなかった。
「……こうやって歩くの……
すごく、好きだよ」
“好き”という言葉が落ちた瞬間、
秋川の胸の奥が大きく跳ねた。
告白ではない。
でも、
告白の手前で止まるには、あまりにも温度が高い言葉。
秋川は、
息を吸うのも忘れたように
北見を見つめた。
その視線に、
北見も息を止めた。
触れない。
でも、
触れたように近い。
沈黙が落ちる。
でも、
その沈黙は決定的だった。
ふっと、
風が止んだ。
次の瞬間――
川の向こう側で
街灯がひとつ、
ゆっくりと明るさを増した。
まるで、
二人の距離を照らすために
夜が光を寄せたように。
川面の光が大きく揺れ、
二人の影が寄り添うように重なる。
秋川は、
その影を見て胸が震えた。
――影……
また重なってる。
北見も、
その影に気づいて
静かに息を吸った。
――もう……
隠せない。
光が揺れ、
影が寄り添い、
風が止まり、
水音だけが一定のリズムで流れる。
夜の景色が、
二人の距離をそっと肯定していた。
秋川は、
胸の奥の熱を抑えきれず
小さく言った。
「……私も……
好きです。
こうやって歩くの」
北見は、
その言葉に目を伏せて、
すぐに秋川を見た。
「……そっか」
その“そっか”は、
安堵と、
喜びと、
そして少しの照れが混ざった声だった。
二人は、
触れないまま、
触れたように近かった。
夜の空気が、
二人の関係の“次の段階”を
静かに示していた。
北見の
「……すごく、好きだよ」
という言葉が落ちたあと、
二人の間に沈黙が落ちた。
でもその沈黙は、
言葉を探すためのものではなく、
“歩き出せなくなるほどの沈黙”だった。
秋川は、
胸の奥が熱くて、
呼吸が浅くなっていた。
北見も、
自分の言葉の温度に
少しだけ戸惑っていた。
二人は、
ほんの数センチの距離で立ち止まったまま、
動けなかった。
風が止まり、
川面の光が揺れ、
街灯の明かりが二人の影を寄り添わせる。
沈黙は深く、
でも、
重くはない。
むしろ――
沈黙が二人を近づけていた。
秋川が、
胸の奥の熱を抱えたまま
北見を見つめた。
北見は、
その視線に気づいて
ほんの一瞬だけ息を止めた。
そして――
触れないまま、
触れたような仕草をしてしまった。
秋川の手に、
直接触れない。
でも、
指先がそっと近づいて、
空気だけが触れた。
ほんの数ミリ。
でも、
その“数ミリ”が決定的だった。
秋川は、
胸の奥がふっと震えた。
――今……
触れた……?
触れてない……?
どっち……?
北見も、
自分の仕草に気づいて
静かに息を吸った。
――触れてない。
でも……触れたのと同じだ。
二人の影は、
完全に重なっていた。
沈黙は続いている。
でも、
沈黙の意味が変わっていた。
“触れないまま触れた仕草を共有した沈黙”は、
もう後戻りできない温度を持っていた。
秋川は、
小さく息を吸って言った。
「……北見さん」
北見は、
その声に静かに目を向けた。
「……うん」
その“うん”は、
何かを受け止める準備ができている人の声だった。
でも二人は、
まだ歩き出せなかった。
触れないまま、
触れたような距離で、
夜の川の音だけが流れていた。
この沈黙は、
二人の関係が“次の段階”へ進む直前の沈黙だった。
北見の指先が、
触れないまま、
触れたように秋川の手へ近づいた。
ほんの数ミリ。
でも、
その“数ミリ”が胸の奥を震わせる。
秋川は、
その仕草に息を飲んだ。
――今……
触れたのと同じ。
触れていないのに、
触れたときと同じ温度が胸に落ちた。
秋川は、
その温度を抱えたまま
ゆっくりと北見を見上げた。
視線が合う。
その瞬間、
北見の呼吸がわずかに止まった。
秋川の目は、
驚きでも、
戸惑いでもなく、
“気持ちを返す視線”だった。
柔らかくて、
揺れていて、
でも、
逃げていない。
北見は、
その視線に胸の奥を掴まれた。
――ああ……
これはもう……隠せない。
秋川は、
視線をそらさなかった。
そらせなかった。
触れない距離のまま、
視線だけが触れ合っていた。
風が弱く吹き、
川面の光が揺れ、
街灯の明かりが二人の影を寄り添わせる。
沈黙は深い。
でも、
その沈黙は“答え”だった。
秋川は、
胸の奥の熱を抑えきれず
小さく息を吸った。
――好き、なんだ。
この人のこと。
言葉にはしない。
でも、
視線がすべてを語っていた。
北見は、
その視線を受け止めながら
静かに息を吸った。
――返された。
ちゃんと、返ってきた。
触れないまま、
触れたような距離で、
視線だけが二人を結んでいた。
夜の川の音が、
その沈黙をそっと包む。
この視線の交差は、
二人の関係が“恋そのもの”へ踏み込んだ瞬間だった。
触れないまま、
触れたような距離で立ち止まる二人。
川面の光が揺れ、
街灯の明かりが二人の影を寄り添わせている。
沈黙は深く、
でも、
重くない。
むしろ――
沈黙が二人を近づけていた。
そのときだった。
ふっと、
川の向こう側の街灯が
ゆっくりと明るさを増した。
まるで、
二人の距離を照らすために
夜が光を寄せたように。
秋川は、
その光の変化に胸が震えた。
――背中を押されてる。
言わなきゃ……今。
そして、
ほんの少しだけ勇気を出した。
「……北見さん」
名前を呼ぶ声は、
小さくて、
揺れていて、
でも、
逃げていなかった。
北見は、
その呼び方に息を止めた。
――今の声……
特別だ。
秋川は、
視線をそらさずに続けた。
「……あの……」
言葉は続かない。
でも、
名前を呼んだだけで十分だった。
その一歩が、
北見の胸の奥に火をつけた。
北見は、
秋川の目をまっすぐ見て
静かに、
でも決定的に言った。
「……もっと一緒にいたいって……
思ってる」
秋川の胸の奥が、
大きく跳ねた。
告白ではない。
でも、
告白のすぐ手前で止まるには
あまりにも踏み込んだ言葉。
秋川は、
息を吸うのも忘れたように
北見を見つめた。
北見は、
その視線を受け止めながら
さらに一歩だけ踏み込んだ。
「……秋川さんと歩く時間……
終わってほしくない」
夜の光が揺れ、
影が寄り添い、
風が止まり、
水音だけが一定のリズムで流れる。
景色が後押しし
秋川が名前を呼び
北見が踏み込む。
その三つが重なった瞬間、
二人の関係は
静かに、確実に
“恋そのもの”へ踏み込んだ。
北見の
「……終わってほしくない」
という踏み込んだ言葉が落ちたあと、
二人はしばらく動けなかった。
触れないまま、触れたような距離で立ち止まっている。
秋川は、
胸の奥が静かに震えていた。
――こんな気持ち……
初めて。
北見も、
秋川の視線を受け止めながら
息を整えようとしていた。
――もう……
隠せない。
風が弱く吹き、
川面の光が揺れ、
街灯の明かりが二人の影を寄り添わせる。
沈黙は深い。
でも、
その沈黙は“答え”だった。
歩き出した二人は、
昨日よりも、
一昨日よりも、
ずっと近い距離で歩いていた。
触れない。
でも、
触れようと思えば触れられる距離。
駅へ向かう分岐が見えてきたとき、
秋川の胸が静かに締めつけられた。
――終わっちゃう。
この時間が。
北見も、
同じように思っていた。
――もっと……
一緒にいたい。
二人は、分岐の手前で自然と足を止めた。
また、どちらが先かわからない。
ただ、
止まるべき瞬間に、
止まるべき二人が、
同じタイミングで立ち止まった。
秋川は、
胸の奥の熱を抱えたまま小さく息を吸った。
「……今日は……
本当に……ありがとうございました」
声が少しだけ震えていた。
北見は、
その震えに気づいて静かに言った。
「……こっちこそ。
今日……すごくよかった」
“よかった”の温度が、
いつもより深い。
秋川は、
その温度に胸が揺れた。
「……また……歩けたら……嬉しいです」
北見は、
一瞬だけ目を伏せて、
すぐに秋川を見た。
「……歩こう。
また……一緒に」
その“また”は、
約束ではない。
でも、
約束よりも確かな“続き”の言葉。
秋川は、
胸の奥が静かに震えた。
「……はい」
風が弱く吹き、
二人の影が寄り添うように重なる。
沈黙が落ちる。
でも、
その沈黙は決定的だった。
“恋が始まったあとの沈黙”だった。
北見が、
ほんの少しだけ声を落として言った。
「……じゃあ、また」
秋川も、
同じ温度で返す。
「……また」
二人は、
ゆっくりと別々の方向へ歩き出した。
振り返らない。
でも、
胸の奥には同じ余韻が残っていた。
“これはもう恋だ”
と、
言葉にしないまま二人が同時に気づいた夜だった。
2026/04/30 15:10
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投稿を表示「ああ…これはもう…隠せない」
ワイもです💧
「こんな気持ち……初めて。」
ワイもです💧
「…私も…好きです。
こうやって歩くの」
最後の一言さえ無ければ💧
オッサンはドキドキしながら待ちます👍️