まさこ
2026/05/20 18:33
随筆 まさこ抄 ①
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もちろん『まさこ』ちゃんは、性犯罪の冤罪のことなど、お話しの時点でもその後の未来でも、理解はできません。
実はこの小説を書くキッカケになったのは、かなり以前に読んだ『菊池寛 屋上の狂人』というお話しです。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/494_19912.html
「…なんでも正気にしたらええかと思って、苦しむために正気になるくらいばかなことはありません。」
「…僕は成功したら、鷹の城山のてっぺんへ高い高い塔をこさえて、そこへ兄さんを入れてあげるつもりや。」
でしょうかね。
『分かるとは分けること』
「分けない」ということは「区別しない」ということなので、それを拡大すれば「差別しない」にも繋がるとは思います。
私たちは普段の生活の中で、毎日たくさんの「分ける」という作業をしています。
ですが「無分別智」というのは、その分別を超えるのだと教えます。
『屋上の狂人』の兄や、『まさこ日記』の まさこちゃんは、この「無分別智」という知恵が、生まれながらに備わっている、存在なのかもしれません。
私たちの誰もが日々感じている「判断を誤って損をした…失敗した…。」という後悔の心境は、「無分別智」の知恵を発動させれば、消えて失くなってしまうでしょう。
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投稿を表示まさこさん、こんばんは🌙
底本である「菊池寛 短篇と戯曲」を迷子になりながらも最後まで読んでみました。
(余談ですが、現代では使えない単語がいくつかありましたね。)
私があれを読んで、いちばん印象的だったのは、
>末次郎「(兄が正気になれば)〜日本中で恐らくいちばん不幸な人になりますぜ。」
というセリフでした。
また、今回のまさこさんの『随筆 まさこ抄』に出てきた"無分別智"という言葉に興味がわき、調べてみました。
文中に、"仏教の教えに『無分別智(むふんべっち)』という知恵がある。"と書かれていましたので、仏教のひとつである"浄土真宗"のそれを参考にしました。
>浄土真宗における「無分別智(むふんべつち)」とは、人間の計らい(善悪・損得・勝ち負けなどの分別心)を超えた、阿弥陀如来(仏さま)の絶対的で平等な智慧のことです。すべての者を分け隔てなく救うこの慈悲の心と、その仏智をそのまま信じる姿が教えの中心となっています。
と書かれていました。(これも余談です)
本題に戻りますが、
まさこさんがキッカケとなった、菊池寛の四者それぞれの風景で終わる(幕とする)戯曲と、まさこちゃんが狂おしいほどの恋でより強い口調の「当然そうでしょ?」というニュアンスで終わる(ENDとする)のとでは、何かが違うように感じたのも、私に『無分別智』が足りてないからでしょうか。
ありがとうございましたm(_ _)m
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投稿を表示まさこちゃんは大丈夫なのかと心配したんやで😄