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2026/05/20 18:33

随筆 まさこ抄 ①

昨日『小説 まさこ日記』の最終話を公開しました。

https://torque.kyocera.co.jp/announcements/r66igzajn4ya2znc

あの小説をお読み下さったかたは、お分かりいただけたと思いますが、主人公の女性『まさこ』は、支援施設の『ひまわりぐみ』に通う、25歳の知的障害者です。

頭脳は幼児ですが、容姿は絶世の美女という設定により、周囲に様々なエピソードが発生し、そのことを3話のお話しにしました。

なんだか最後はモヤモヤしてしまいました。 〈 まさこ 〉ちゃんがソレを知る日が来るのか?

というコメントを最終話へいただきました。

どうもありがとうございました。

" ソレ " というのは、お話しのなかの『冤罪』を指しているものと思われます。

もちろん『まさこ』ちゃんは、性犯罪の冤罪のことなど、お話しの時点でもその後の未来でも、理解はできません。

そんな騒ぎがあったことすら、本人はすぐに忘れてしまうでしょう。

『まさこ』ちゃんを、周囲で世話をする者は、とても大変だと思います。

ですが、はたして『まさこ』ちゃん自身は、不幸な存在なのでしょうか?

実はこの小説を書くキッカケになったのは、かなり以前に読んだ『菊池寛 屋上の狂人』というお話しです。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/494_19912.html

この物語の中に、狂人の兄を持つ、賢い弟のこんなセリフがあります。

「…なんでも正気にしたらええかと思って、苦しむために正気になるくらいばかなことはありません。

「…僕は成功したら、鷹の城山のてっぺんへ高い高い塔をこさえて、そこへ兄さんを入れてあげるつもりや。

弟のように〈兄は俗世と縁を切っている存在〉という解釈をすれば、狂人の兄は〈幸せ者〉だとも言えるでしょう。

まさこ日記の『まさこ』ちゃんも、視点をズラせばそうなのかもしれません。

ありふれた言いかたですが、

「人間にとって幸せってなんだろう。」

でしょうかね。

仏教のには『無分別智(むふんべっち)』という知恵があるそうです。

「良い・悪い」「正しい・間違っている」といった分別を超えて、物事をあるがままに見る心のありかたを指しているようです。

『分かるとは分けること』

と言われるように、「分かる」という言葉は「分ける」から来ているのは、有名なお話しです。

「区別する/区別できる」ということが「分かる=理解する」の本質だとすれば、「無分別智」というのは、一体何を意味しているのでしょう。

「分けない」ということは「区別しない」ということなので、それを拡大すれば「差別しない」にも繋がるとは思います。

私たちは普段の生活の中で、毎日たくさんの「分ける」という作業をしています。

その「分ける」の判断基準のほとんどは、自分にとって「損か・得か」だと思います。

ですが「無分別智」というのは、その分別を超えるのだと教えます。

『屋上の狂人』の兄や、『まさこ日記』の まさこちゃんは、この「無分別智」という知恵が、生まれながらに備わっている、存在なのかもしれません。

私たちの誰もが日々感じている「判断を誤って損をした…失敗した…。」という後悔の心境は、「無分別智」の知恵を発動させれば、消えて失くなってしまうでしょう。

それと同時に、上手くいった時の「成功の喜び」を感じることも無くなるでしょうけれど。

成功も失敗も存在し無い、ありのままの人生を歩む知恵『無分別智』。

はたして、私は人生を終えるまでに、そんな境地に立てる日が来るのだろうか…。


随筆 まさこ抄 ② へ続く。

https://torque.kyocera.co.jp/announcements/eydtago69au5a17m

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2 件の返信 (新着順)
貸枕考古 バッジ画像
2026/05/20 22:08

まさこさん、こんばんは🌙

底本である「菊池寛 短篇と戯曲」を迷子になりながらも最後まで読んでみました。
(余談ですが、現代では使えない単語がいくつかありましたね。)

私があれを読んで、いちばん印象的だったのは、
>末次郎「(兄が正気になれば)〜日本中で恐らくいちばん不幸な人になりますぜ。」
というセリフでした。

また、今回のまさこさんの『随筆 まさこ抄』に出てきた"無分別智"という言葉に興味がわき、調べてみました。
文中に、"仏教の教えに『無分別智(むふんべっち)』という知恵がある。"と書かれていましたので、仏教のひとつである"浄土真宗"のそれを参考にしました。

>浄土真宗における「無分別智(むふんべつち)」とは、人間の計らい(善悪・損得・勝ち負けなどの分別心)を超えた、阿弥陀如来(仏さま)の絶対的で平等な智慧のことです。すべての者を分け隔てなく救うこの慈悲の心と、その仏智をそのまま信じる姿が教えの中心となっています。
と書かれていました。(これも余談です)

本題に戻りますが、
まさこさんがキッカケとなった、菊池寛の四者それぞれの風景で終わる(幕とする)戯曲と、まさこちゃんが狂おしいほどの恋でより強い口調の「当然そうでしょ?」というニュアンスで終わる(ENDとする)のとでは、何かが違うように感じたのも、私に『無分別智』が足りてないからでしょうか。

ありがとうございましたm(_ _)m

ろん
2026/05/20 19:10

まさこちゃんは大丈夫なのかと心配したんやで😄

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