第一章 交差の夜

夜の空気は、いつもより重かった。
街灯の光が霧に溶け、
零奈の影だけが細く伸びていく。
歩き慣れた帰り道なのに、
胸の奥がざわついていた。
理由はわからない。
ただ、世界のどこかが静かに揺れている。
足元の影がふっと揺れた。
零奈は思わず振り返る。
そこには何もない――はずなのに、
背中の奥がひりつくような気配が残った。
霧の奥で、九尾が目を開けた。
長い眠りの底で、
初めて“誰か”の影が自分の世界に触れたことを知る。
姿を見せる必要はない。
ただ、尾がひとつ揺れた。
その揺れが、夜の空気をわずかに震わせる。
零奈は気づかない。
けれど、胸のざわめきはその震えと同じリズムだった。
家までの道を歩きながら、
零奈は何度も振り返りそうになる。
誰かがついてきているわけではない。
それでも、
“見られている”という感覚だけが消えなかった。
風が頬を撫でる。
その冷たさの中に、
ほんの一瞬だけ違う温度が混じる。
「……誰?」
零奈は小さくつぶやいた。
自分でも驚くほど自然に声が出た。
その声は、霧の奥へ落ちていく。
九尾の尾が静かに揺れた。
届いた。
まだ名前も知らない少女の声が。
家の前に着いたとき、
背中の重さがふっと消えた。
気配は遠ざかったはずなのに、
胸の奥にはまだざわめきが残っている。
部屋の灯りをつけると、
足元の影が一瞬だけ揺れた。
ただの錯覚だと自分に言い聞かせる。
ベッドに腰を下ろし、
零奈は深く息を吐いた。
「……今日は、変な日だったな」
その言葉が部屋に落ちた瞬間、
遠く離れた夜の底で、
九尾の尾がひとつ揺れた。
彼女の声は、もう届く。
夜は深まり、
二人の影だけが、
まだどこかで繋がっていた。
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