第三章 影呼ぶ裂け目

夜の静けさが、
部屋の隅に沈んでいた。
零奈の影は、
いつものように足元に寄り添っている。
しかしその中心にある黒点が、
ふっと脈打った。
影が、
零奈の動きとは無関係に揺れた。
零奈は息を呑む。
影は、
彼女の意思を待っていない。
影は、
彼女の身体を写していない。
影は――
別の世界の呼びかけに応じている。
影の端が、
床を滑るように伸びた。
その動きは、
まるで“何かに導かれている”ようだった。
零奈が立ち上がっても、
影は追わない。
ただ、
呼びかけの方向へ向かって
ゆっくりと形を変えていく。
影の黒が濃度を増し、
その端がふっと膨らむ。
それは、
尾の断片のようだった。
影は形を探し、
思い出し、
ゆっくりと“生き物の動き”を帯び始める。
零奈は震える声で呟く。
「……戻ってきてるの?」
影は答えない。
ただ、
尾の断片を揺らしながら
九尾の世界の呼びかけに応じるように
形を整え続ける。
そして――
影は零奈の方へ向いた。
顔はない。
けれど、
その向き方は“誰かが見る角度”だった。
尾が空気の中に曲線を描く。
“レ”
もう一度しなる。
“イ”
深く沈む揺れ。
“ナ”
零奈は息を呑む。
影が、
形で名前を呼んでいる。
零奈は震える声で呼び返す。
「……れ……い……な……」
影が、
彼女の足元にそっと触れた。
その瞬間、
二つの鼓動が重なった。
世界が、
静かに反転する。
影は零奈の外側へ出ていく。
光の裂け目が開き、
影は半分だけ向こう側へ沈む。
零奈は手を伸ばす。
触れれば、
影は完全に帰る。
触れなければ、
影はこの世界に留まる。
零奈は震える声で呟く。
「……行っていいよ」
影は静かに裂け目へ消えた。
光が閉じる。
世界は静かだった。
けれど、
その静けさの奥で、
影の呼吸だけがまだ続いていた。
ミュートしたユーザーの投稿です。
投稿を表示\\🦊/////// 07