『渓魚が誘う季節 〜渓流の女王〜』ヤマメの章
文︰mw_me 絵:mw_me
加筆︰イワナ
夏の朝。
ハッチ(水生昆虫の化合)が始まり、水面にはわずかな波紋が幾重にも広がり始めた。
ヤマメを狙うポイントは、朝日に照らされ始めた浅瀬(波立ち)へと移っていく。
光が差し込む水中で、ヤマメのパーマークが煌めく。朝のヤマメは素早い。
ルアーが水面に着水した瞬間の反応速度は、日中のそれとは一線を画す。一瞬の判断の遅れがバラシ(フッキングミス)につながる。
釣り人は手元の返しだけでアワセを入れ、電撃的な攻防を制していく。
午後のヤマメは、夕まづめのわずかなチャンスに賭ける。
昼間の警戒心はそのままに、しかし確実に捕食の活性を上げる。
水面直下を泳ぐ、小型のハヤと水生昆虫。そして釣り人が投じる一筋のルアー。ヤマメは流れる泡の切れ目から、じっと本物を見極める。

ルアーを引く細いラインが水中に溶け込み、見えなくなる。流れより僅かに早く、逆らわない泳ぎを見せた時、ヤマメは動きをピタリと止める。
見切るか、喰いつくか。
ほんのコンマ数秒、水中で視線が交差するような沈黙。スプーンルアーが自然な泳ぎを保ち続けたとき、一瞬の反射光を煌めかせ、銀色の魚体が躍り出た。
ヤマメが浅瀬を割る音と同時に感覚だけでアワセを入れる。
夕闇を切り裂く手応え。
見えない水中で暴れる魚と、ロッドを通じて対話する。
少年時代、初めてヤマメを掛けたときの、手の震えが甦る‥今でも変わらない独特の緊張感が、そこにあった。